不登校でも引きこもりでも
やり直せる。29年間高校中退者の
支援を続ける塾講師。
杉浦孝宣(すぎうら・たかのぶ)さん
NPO高卒支援会 代表/学習塾講師
1960年生まれ。カリフォルニア州立大学卒。小学校3年生のときに保健室登校を経験するが、養護学園に半年通い不登校を克服した。大学卒業後に家庭教師を経験、1985年に中卒浪人のための学習塾・学力会を設立。以来29年間、不登校・高校中退者の支援活動を行っている。2010年よりNPO高卒支援会を立ち上げ、2013年度には首都圏を中心に396件の相談が寄せられた。近年ではその取り組みが評価され、NHKをはじめとする多数のメディアの取材を受けている。
JR板橋駅西口改札から小さな商店街をしばらく行くと、NPO高卒支援会と通信制高校が入った建物がある。29年前からずっと変わらずにこの地で、高校卒業を目指す子どもを支援してきた。杉浦氏の著書「高校中退」(宝島社新書)の帯には『高校中退者、年間5万人!』とあるが、経済的貧困から高校中退をする子は通常家庭よりも5倍多いという。しかし、ここを訪ねてくるのは有名私立中高一貫校に通っていながら不登校状態となり、引きこもりとなっている子も多い。
「今考えているのは、中高一貫校の裏ガイドブックの制作。受験者数と合格者数よりも、入学者数と進級者数。あるいは何らかの理由で退学した人数がわかる学校情報。中高一貫校は、入学させるまでは良いことばかりうたって煽っています」
肝心なのは、その学校に入学してどのように過ごせるか。今は子どもが引きこもりになって病院へ連れて行かれると、抗うつ剤など薬を処方される。それは薬で餌づけされるようなもの、という。
「小中学校で不登校になると適応指導教室という所へ行かされます。看板は『さわやか教室』とか『ホップ・ステップ・ジャンプ』といった爽やか系のネーミングがついていますが、実際は義務教育課程で普通学級に通えない子どもの受け皿。ある教室では40名通っている生徒のうち8割が薬を処方されているという現実があります。教育現場に薬が蔓延しているのです」
杉浦氏は『社会人のうつ病と、子どもの不登校が同じにされているのは問題』と指摘する。こうした問題を直視している人も少数で、マスコミに訴えてもまったく取り上げられない。原発の問題然りで、我先に報道しようというジャーナリズムは存在しない。誰かがすっぱ抜いてジャーナリズムの権威ある賞を取ってから、同じテーマを追随するというのが今の報道の主流であることに警鐘を鳴らす。
「だからテレビにしても視聴率が取れない報道や、新聞も売れないことを記事にしない。僕らがずっと問題だと思っていることをマスコミに伝えてもなかなか表には出ないんです」
小中高校の不登校児を合わせると全国で17万人、高校生だけでも5万人強。そして引きこもりは70~200万人もいるという。これは見過ごせない数字だ。高校でしくじるとそのまま社会へ出られず、親のすねをかじり続けて引きこもり30代、40代になった引きこもり高齢者も増加中。高齢化社会で、社会の担い手として働いていかなければ国は循環しないのではないだろうか?
「政府は就労支援といって予算も出しているにもかかわらず、高校中退者や不登校児の対策には乗り出せない。中学から高校へ移るこの過程にだけでも対策を打ち出せば、かなりニートや引きこもりも減るはず。政府の予算で引きこもりが正社員で就労した…という話は周りでも聞かない。10年間引きこもりをして公務員になった子が僕の教え子にいますが、それは稀な事例です。今10ある予算のうち9を不登校・中途退学対策に使えば社会に役立つ人間として立ち直らせることができます。具体的には、公立高校の転学制度を東京と大阪以外でも確立すべきです」
そうした簡単な処方箋をずっと主張きているが、今のところ動きはない。教育委員会にとっても、公立校にとっても、そうした制度を取り入れるメリットを感じられないからではないか?と言う。極めつけは、4月の人事異動になると前任者が取り組んできたことなど一切引き継ぎもなくバトンタッチされ、いくら熱意をもって高校中退者の問題に関わってくれた担当課長がいても、後任にそうでない人が着任すればまた振り出しへ戻る。これでは何年話しても進めない。
NPO高卒支援会の毎年一番の繁忙期は5月のGW明け。4月に入学後しばらくして不登校になる子が多く、長期休み明けに親と相談に来るのだという。
「高校中退してから公立高校へ転校できるのは東京と大阪だけ。他の地域では、まだ制度もありません。東京が先駆けで、大阪は3年前に制度化しました。リーダーがおかしいと指摘すれば公立高校の転校制度確立は難しくはなく、教育委員会で実現できることです。例えば神奈川県では、学期ごとに転校生を受け入れる学校の生徒募集が出ます。でも、現状は一家転住(家族全員の引っ越し)してきた人のみ受験資格がある。この資格を拡げて、理由を問わず受験したい生徒というのも入れてほしい。もちろん成績が振るわなければ不合格ですが、希望している生徒皆に受験資格を与えてほしい」
話を補足すると、例えば神奈川県内の私立高校に通っている生徒がいたとしよう。彼はその学校とどうしても合わず退学することになった。しかしながら一旦辞めてしまうと、その後の選択肢は三つだけ。一つは通信制の高校へ行き、高校卒業資格を目指すこと。二つ目にこれが大多数で、高卒認定を受け、大学や専門学校を目指すこと。三つ目はまれだが、越境して東京にある単位制の学校を受験すること。つまり、神奈川県の居住地から県内にある別の公立・私立とも高校を受験することはできない。「入学してみたものの、その学校が合わなかったから辞めたいが勉強はしたい」という生徒は、県内で行き場が無い。理由は何であれ、勉学の意欲ある生徒には受験資格を与えたらどうか。一度レールから外れてしまった子が、もう一度チャレンジしようとしても道がないのはおかしい。高校だけ、なぜかそういう縛りがある。
「小中学校は極端な話、希望すれば区域を変えて越境通学もできます。高校だけそれができないのは授業単位の互換性があるから。特に中高一貫校にはかなりある。ですから新宿山吹高校のような単位制・無学年制で単位の互換性があっても受け入れる公立高校を各都道府県に作れば、問題は解消されます。わざわざ新しい校舎を建てなくたって、既存の公立高校を来年度から単位制にします、という切り替えだって、あっていいと思う」
建物でいえば、少子化で廃校になっている小学校が各地に点在する。しかしいろいろな団体がさまざまな要望を言うため結論が出ず、何年も空っぽになった校舎が放置されているケースもある。本来は国で子どもを育てるという視点が一番大切だと思うのだが「前例のない新しいこと」は何らかのメリットがないとやらないのが常。結果、せっかくの箱があっても「循環」しないままだ。
今は東大合格者が何名いるかが、中高一貫校にとって「よい学校」の指標でありステータスとなっている。有名中高一貫校に通う生徒で本当に優秀な子が、予備校化する高校の授業がつまらなくて不登校になったケースも見てきた。しかしそれこそが間違いで『国力を落とそうとしている教育』という。もちろん、そうした優秀な人材は一握りで、高校での不登校になる理由を杉浦氏はこう分析する。
「勉強ができなくなると学校へ行ってもつまらないから、行かなくなります。他には、スポーツ推薦で入学した生徒。怪我や事故、人間関係でつまづいて心が折れて不登校…退学するケースも多い。中には、退学させられる形で、取得していたはずの単位もすべて末梢されて放り出される子もいます。こういう子どもたちが再びやり直すための公立高校転校制度の充実化。そしてこうした制度を周知させるために中学校に理解を深めてもらうことが必要です」中退者を受け入れる転入・編入先はある。それを知ってもらうために日々奔走する。
高校中退しても負け犬なんかじゃない。そこからどのような道を辿って、自立して夢を叶えるかだ。ひとつの学校で失敗したからといって悲観的になることはない。中退者にエールを送り続ける杉浦氏が実年齢よりずっと若く見えるのは、日々生徒たちに情熱を傾けているからに違いない。そういう真の教育者が、この国に増えてほしいと心から願う。
公開日:2014年4月18日