
映画「はだしのゲンはまだ怒っている」
企画・監督・編集
込山正徳さん
1962年横浜生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、フリーの映像ディレクターとして、約40年間ドキュメンタリー番組を制作。テーマは市井の人々の喜びと悲しみ。「春想い~初めての出稼ぎ~」(93/フジテレビ「NONFIX」)でギャラクシー選奨受賞。「生きてます16歳~500gで生まれた全盲の少女~」(00/フジテレビ「ザ・ノンフィクション」)でATP総務大臣賞受賞。「われら百姓家族」(00/フジテレビ「ザ・ノンフィクション」)はシリーズ化され話題に。2005年、自らのシングルパパ・ライフを綴った「パパの涙で子は育つーシングルパパの子育て奮闘記」(ポプラ社)を上梓、2007年にフジテレビ「金曜プレステージ 父の日スペシャル パパの涙で子は育つ」として江口洋介主演でドラマ化された。他、話題となった番組制作多数。
11月最初の『みんキチ』は祝30回として、スペシャルゲストがご登場。11月15日よりポレポレ東中野ほか全国で順次公開が始まる映画『はだしのゲンはまだ怒っている』の監督、込山正徳さんへのインタビュー。監督は長年テレビ番組のディレクターとして数多くの企画に携わってこられた方。これから横須賀につくる『みんなのKICHI』でも作品のフィルム上映会を希望しています。この映画に込めた思い、教育の担う役割を聞いてみました。

還暦過ぎて初めて手にした漫画に心打たれた。
—どうしてこのテーマを撮り始めたのかをお聞かせいただけますか。
実は、子どもの頃に「はだしのゲン」を読んだことがなかった。漫画を読む文化がなかったのは、家庭の方針ではなくて単に漫画が読みにくくて。文字も好きでなかったから、絵と文字が載っている漫画が頭に入ってこなかった。我が家は姉がピアノ、僕はエレクトーンを習っていて、音楽好きでした。母がクリスチャンで、私はクリスチャンではなかったけれど、子どもの頃に日曜学校には通っていました。
—お母様がクリスチャンだったのですね。昭和のいっとき「はだしのゲン」という漫画は衝撃的でしたが今になって読んだ理由は?
番組企画をする時に、「はだしのゲン」がここ数年で図書館から撤去されたり、平和教材から姿を消したりしていて、いったいこれはなんだろう?という思いがあった。それで、「はだしのゲンは今どうなっているのか」という企画を立てようと。有名な漫画ですし、僕は還暦過ぎて初めて読んでみた。そしたら、作品からすごい熱量を感じた。作者の中沢さんは、家族を原爆で失っていて。6歳の子どもが戦争、広島での原爆を見てきた手記でもある。これは「アンネの日記」に匹敵するレベルの話。背景には、アンネはユダヤ人迫害、ゲンは原爆投下ですが、もっと世界的に有名になってもおかしくない漫画で、力があると感じました。それでいくつか取材アイテムを考えて、企画を立てました。
—ディレクターで企画立案は慣れていらっしゃると思いますが、インタビューの人選など最初から構想があったのでしょうか?
ちょっとずつ出てきた。講談師の神田香織さんを知り、この方を柱にすればできるのではないか。付随するものをつくれば、と考えた。この漫画に描かれているような生の証言者を探して、阿部静子さんや、江種祐司さんを知り、「この漫画に描いてあることは本当です」と話してもらえたら、ひとつの番組になるのでは?と考えました。
—なるほど。証言をしてくださる方は皆さんご高齢で、探し出すのも結構な労力が必要だったのでは?
それは木村さんというプロデューサーが有能で、私が書物やネットで探した情報を元に「こういう人がいてね。見つけ出せるかな?」と持ち掛けると、木村さんが動いてくれる、という連携作業で見つけました。スタッフは、私とプロデューサー木村さんと、企画全体を俯瞰で捉えてくれるテレビ局のプロデューサー高橋さん、というほぼ3人でした。
—少数精鋭部隊で製作をされたのですね。もともとはテレビ番組で放映されて、その後に映画として再度編集をされた?
テレビ版として作った番組の評判がよかった。国内の栄誉ある賞も二つ授賞しました。それで映画にできるんじゃ?……と言ったら、その日のうちに高橋さんが社内を説得してくれて、(映画に)なるかもしれない…え!大変じゃん!みたいな(笑)。テレビは正味45分で編集、映画はその倍で80~90分必要。これはもう一度同じくらい熱量のあるものを撮って、編集しなければ。どうしようかと考えていたら、番組を観た人から「すごくよかったけれど、なぜはだしのゲンがいろんなところから排除されていくのか?を突っ込んでいなかった」という声を頂いたのです。
その通りでしたが、あの尺(45分)では難しい。ならば映画で挑んでみようと思った。後藤寿一さんが「はだしのゲンは手品みたいな作品だ」と著書に書いていたので、この方を取材したらそのあたりがわかるかもと思って、インタビューを申し込みました。「はだしのゲンを排除したい」という人たちの理屈の一端を感じることになりました。







伝えることの取捨選択、編集が好き。
—ドキュメンタリーの視点、そしてテーマの斬りこみ方がよかったです。
自分とはまったく意見の違う人のインタビューを撮って、素材の段階ではどうしよう……と思いました。数日後に広島市元市長の平岡さんにインタビューを行い、その辺のモヤモヤを取材でぶつけまして、戦争認識についてお話しいただきました。平岡さんの意見も含めて編集すれば、意義深いシーンになると確信しました。
—-人が知りたいところにちゃんと届いていますね。監督はベテランでいらっしゃるので、その辺は楽々となのかな?と。作品にする過程で大変なことはどんなことですか?
毎回、編集は悩みます。どう伝わるか?を考えます。時系列で、どこに何のアイテムを置けば効果があるか。説得力が増すかをパズルみたいに考えて組み立てる。こっちのシーンを入れ替えれば一層伝わりやすいかな、というような。
—編集がすべてというか、見せ方を考えるのですね。ドキュメンタリーは事実をちゃんと追跡して提示していくのが基本。嘘のないことはもちろんですが+どう伝えるか?どこを省くか?なんですね。
テレビの番組の編集には1か月半、映画も1か月半でした。その時だけは真剣、真面目です(笑)。作品はみんなに支えられて完成しました。ギリギリやれています。スタッフの方達は、いい加減な僕を助けてくれる介助人のような存在です(笑)。
—込山監督のお母さまのお父さま、つまり祖父様が東京大空襲でお亡くなりになって、というエピソードもお聞きしました。作品の根底に流れていますか?
編集しながら途中から気づきました。ゲンの父親が言っていることが、会ったこともないお爺ちゃんが言っていたことに近いのでは?と。母から伝聞で聞いていた「お爺ちゃんはこういう人だった」という。祖父は戦争に反対していたキリスト教徒で、「敵国の宗教を信仰している怪しい奴だ」ということで、特高警察に引っ張られたこともあったそうです。それでも信仰は曲げず、平和を叫んだ人。母が12歳の時に東京大空襲に遭い、骨も出てこなかった。当時は母の言葉も適当に聞いていたのに、自分がこの映画に関わっているのは、亡くなった祖父の後押しがあるのかも……と思いました。こういう映画、文学、漫画も、時空を超えて誰かに影響を与えることがあるのだと思います。漫画「はだしのゲン」もそうですが、この映画も、誰かの力になれるといいなと願っています。

考える前に動け。動いてから考えよ。
—この「まだ怒っている」という言葉選び。ずっと怒っていい。むしろ怒らなくてはいけないんだと気づかせてくれる感じ。それがタイトルからも伝わってきます。
スタッフみんなで考えましたが、いいタイトルだと思います。まだ核軍縮が行われず、世界のいろいろなところで戦争が続いていて、核が脅しの兵器として使われている。世界の戦地には、親を亡くした子ども、ゲンはいるじゃないかですか。そういう想いを込めてつけました。
—私は横須賀に「みんなのKICHI」というサードプレイスをつくるために奔走しています。横須賀は不登校児ワースト1。学校がすべてではないけれど、家から出られない子がいる。今の教育について、監督はどんなお考えですか?
5年ほど前に横浜にある「かけはし」という学校になじめない子どもたちの支援をする団体のドキュメンタリーを作りました。学校に居場所がないというけれど今の時代、私も生徒の立場だったらその可能性はあったと思う。なぜ意味のない決めごとが多いのか。学校に合わない子は、実は感性が鋭いのでは?と思います。
僕は小学校6年から髪を伸ばして、教師に卒業式までに切れとか、中学では「耳に髪が掛かっている」と教師に髪を引っ張られた。意味のない規律に縛られながら学校へ通っていました。先生は嫌でも、友人関係は楽しかった。うちも3人子どもを育てて、皆もう大きいけれど。息子たちの卒業式や入学式など大人が退屈なことを延々としゃべっているのをありがたく聞かないとならない。椅子にふんぞり返っていると妻に「ちゃんとしなさい!」と叱られたりして(笑)。だから行きたくない子の気持ちはよくわかります。僕には、それでも行けよとは言えないです。
—なるほど。私は今、保育園でも仕事をしていますが、やっぱり学校と同じだと感じていて、残念です。保育園や学校という枠の中しか知らない大人には社会がどう変わっているのか。自分たちがどう変わらなくちゃならないのか。それが見えていない。
僕は近隣の幼稚園のビデオも作っています。とても少人数で障がいをもつ子も通っていますが、規律よりも優しさを大切にしています。ある日、たまたま別の大型幼稚園の運動会の練習を見かけたら、規律がものすごかった。小さな子が怒鳴られて指導されていて。いったい何になるのだろう?と、私には理解ができませんでした。自由に遊ばせた方が、子どもにとってよほど発見があるのに、と思いました。幼稚園の頃は、「生きることの楽しさ」を感じさせることが一番大切だと思うんです。
—本当にそうですね。でも、枠の中にいると情報がアップデートされずに時間が過ぎてしまう。その子の持ち味を引き出すのが本来の教育のはずです。
先生の言う通りにできる子が「優秀な子」になってしまうと評価のされ方が間違います。今はアイデア勝負の時代。過去の時代は、一斉に同じことをする社会と合致していた。でも今それは、求められている人材ではない。
—とても共感します。監督に座右の銘はありますか?
ふだん仕事をしている時は、「考える前に動け。動いた後にまた考えればいい」という本田宗一郎さんの言葉です。案ずるより産むが易し。動かないと脳も働かない。
—では最後に、「はだしのゲン」を描いた漫画家の作者・中沢啓治さんがもしご存命だったら、どんな言葉を送りたいですか?
あなたの漫画「はだしのゲン」に影響を受け、より広く伝えたいと思い、この映画を作りました。漫画も、映画も、次世代に残して、戦争を憎み、平和を愛する人たちが多くなることを望みます。
—ありがとうございました!

◆11/14(金)より広島・サロンシネマ、11/15(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
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「はだしのゲン」が排除されようとしていることに危機感をもつ一人として、この作品を通して多くの証言者と話ができたような気持に。シリアスなテーマですが、込山監督の軽やかさと思わず笑顔になってしまうコメントの数々で、大変楽しい取材となりました。多くの人に映画館で観てほしい。横須賀での上映会も楽しみに企画させていただきます!
(2025年10月取材・執筆/マザールあべみちこ)
\\ 取材の一部を音源データでご紹介します //





