みんキチVol.26│裸足で絵の具塗れの感動体験。アナログ感を大切にした活動をこれからも。


絵描き
コバヤシジュンコ
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1969年横須賀生まれ、横須賀育ち。専門学校のデザイン科卒業後、デザイン会社勤務。その後セツ・モードセミナーで自由に描くことを学ぶ。個展・グループ展・イベントへ出展。横須賀美術館プロジェクトボランティアすかび隊の活動。
身近な素材の作品が、いつもの生活のほんの少しの、癒しになれば嬉しいです。

10月最初は、横須賀美術館すかび隊の活動でご一緒しているコバジュンさんが登場。10月26日に開催される、すかび隊プレゼンツ恒例ハロウィンイベントもご案内。コバジュンさんの描く独特の絵画を通して知る一面はあるものの、じっくりとお話をお聞きするのは二度目くらい。ご自身が描きたい絵、すかび隊の活動のおもしろさ、そしてこれからについて夕暮れ時の美術館屋上で、空と海を眺めながらお聞きしました。

絵は学校以外で、自由に描く子だった。

—絵を描くのが好きだったのは子どもの頃から?

幼稚園の時は好きでしたが、小学校の図工、中学校の美術の時間が、実は好きではなかった。廊下に絵を貼り出された記憶もありません。私の絵は見た通りに描く画ではないし、デッサンも苦手。ある意味、絵を描くことにコンプレックスを持っていた。描くペースが私はゆっくりなので、写生や授業では周りが絵の具の筆を洗って片付けたり、ザワザワと終わる感じが苦手でした。

—学校の授業が苦手だったのは意外です。でも絵は好きだった?

描くことは好きで、お題を出されない家で自由に描いていました。年賀状とか、頼まれてもいないのにひとり一人に違う絵を描いて出していました。「プリントゴッコ」が流行っていましたが、それには手を出さず、ひたすら絵を描いて友達に送っていました。時間が掛かっても描くことが楽しかったんです。

—自分の好きなように描き続けられてよかったですね。

母が独特な感性の持ち主でした。お花の先生でしたが、趣味も洋裁などで作ることが好きで、若い頃は服飾の学校で帽子を作ったりもしていました。娘が絵を描くことが好きというのをおもしろがってくれて。小学生くらいの私にキャラクターやグッズのイラストを描く仕事があることを母が話してくれた時、すごくワクワクした記憶がある。このワクワク感はベースになっています。私は中高共、運動部で美術部ではなかった。ただ家で自由に、好きなように描いていました。

—ちなみに運動部では何を?

中学は陸上、高校は硬式テニスでした。割と負けず嫌いな面もあり、短距離だと瞬発力や走力の技術が必要でも、長距離なら気合で乗り切れると思って。小学校ではマラソン大会で走るともらえる賞状が欲しかった。運動をやっている自分がカッコいいと、勝手なイメージを抱いていました。

—高校を卒業されてからはどんな進路を?

高校でテニス部を引退してから腑抜けになった。部活があったのでバイトもしていなかったし、受験態勢になる時に私は受験モードになれなくて。その時、母から「美大の予備校がある」と薦められて行ってみた。そこでは皆、黙々とデッサンに励んでいて(ここはちがうな…)と感じました。デッサンも大事なのでしょうけれど、私は技術云々ではなく、自由に描くことが好きだったので美大を目指す気もなく、周りの人との熱量が違った。

それで、東京にある専門学校のデザイン科に進学しました。まだデザイン授業はアナログでした。卒業制作で皆はポスター等のデザイン作品でしたが、私は犬のぬいぐるみを作って壁に張りつけたりして(笑)違う方向性でした。キャラクターやイラストを描くのがやっぱり好きで、求人広告の代理店に入社。そこで求人広告のデザインやイラストを描かせてもらっていました。


社会人を経てセツ・モードセミナーへ。

—社会人になってから、のびのびと描けるようになったのですね。

そうですね。先輩のライターさんが、私の描く絵がおもしろいと評価してくれて。でもバブルが弾けて、会社が吸収合併されることになり退社。その後、別のデザイン会社に移った先輩からお誘いを受けてそこへ転職。その会社ではMacで仕事する人は半数ほど。私がアシスタントについた先輩デザイナーもアナログで仕事をしていました。デザインをしたいわけではないなぁと悶々としながらも、その会社にもいろんな人がいておもしろかった。

—それは90年代前半で?私もその頃、駆け出しのコピーライターとして仕事していました。スマホもないアナログな時代でしたね。

遅くまで仕事をするのが良しとされる業界風土もあって、締め切り前は終電で当たり前。デザインをしながら、やっぱり絵が好きでイラストレーションの雑誌を買ったりしていた。その雑誌に掲載されていたイラストレーターで、好きだな!と思う人は皆、セツ・モードセミナーを卒業されていた。それでセツの入学案内をもらいに行って眺めていたら、そうだ!これこれ!と思って。学びたい意思があれば行ける学校。私は自分の人生の中で、よかったことのベスト5に「セツ・モードセミナーに通えたこと」があります。セツがあったからこそ、今描いている。

—セツ・モードセミナーではどんな授業を?

デッサンの時間では、セツ先生は一緒にデッサンをして、描く姿と線をみせてくれました。個性のある絵がよいとされていたから、素敵に描けていたら褒めてくれた。たとえば唇だけ顔からはみ出ている絵をよく描いていましたが、おもしろい!と言ってくれて。私がいいと思うことを素敵と評価してくれる場所で、とても居心地がよかった。

水彩の時間では、終わった後に全員の絵を並べてセツ先生や、他の先生が講評されました。同じモデルさんを描いているのに、同じ服の色や髪色を描く人が殆どおらず。皆の絵をみること、セツ先生の話…というか先生らしくない素直な感想を聞くことが、すごく大切な学びでした。

—伝説的ファッションイラストレーターの長沢節さんが創設されたセツ・モードセミナーは2017年に閉校しました。残念ですねぇ。

閉校を知って最後にセツへ行き、壁に触ってありがとうを言いました。よくカフェオレを飲んだテラスで友人とセツ時間に浸り。そこだけ別空間というか、時間の流れが違うというか、セツ先生の美学を学べたところでした。

「仕事辞めてセツモードに通おうと思う」と伝えた時、長沢節のことを知っていた母は「すごくいいと思う!」と喜んでくれた。お金を貯めてから通ったわけではなく、セツにはバイトしながら通いました。23歳で実家から2年通って、その後1年研究科へ。その間に結婚もし、トータル3年。卒業したのは26歳でした。27歳で長女を出産。その後は専業主婦に。結婚への憧れは1ミリもなかったんですけれどね。

—お二人目は4年後にご出産を?子育て中の仕事はどんなペースで?

はい。長男は長女と学年5つ離れています。下の息子が幼稚園入園まで専業主婦。公文の先生のお手伝い、ケーキ屋さんでパートを掛け持ちしていました。友人の紹介で結婚報告のはがきや年賀状などのイラストを描いていました。その仕事をコンスタントに10年間ほど続けていました。ちょこちょこ以前の職場の人からイラストの仕事を受けたりして。家で絵の仕事をしていきたい理想があった。

本格的に絵を描く出会いは、すかび隊から。

—キャンバスに絵を描き始めたのはいつ頃で?

子育てしながら、イラストレーションという雑誌のザチョイスとペーター佐藤さんのギャラリーの公募展にはよく出していました。全然入賞しなかったものの捨てきれなかった。日々の生活と、絵を描くことのバランスが取れずに悶々としていた。16年前の2009年に、横須賀美術館すかび隊の活動に参加を始めました。美術館開館から2年後のことです。

—16年前!すかび隊はそんなに長いのですね。参加は何がきっかけでしたか?

横須賀美術館のオープニングイベントに子どもと近所の親子と参加して楽しかったんですね。わぁ!ここ素敵。イベントを企画する側になりたい!と思ったのです。ポストカードの仕事は秋頃ちょっと忙しいけれど、それ以外は基本融通が利く。これ幸いとボランティア募集に応募しました。参加してから「絵を描いています」と自己紹介で言ったら、美術館スタッフから、絵を描いてみないか声を掛けてもらった。そこから長いこと、すかび隊のイラストには携わっています。

—キャンバスに向かって絵を描きだしたのは、すかび隊がきっかけになったのですか?

図工教室ず主宰の木下さんとこの活動で出会い、「古民家で二人展をやりませんか?」と誘われたのがきっかけで大きな絵を再び描き始めました。2014年に、大津のギャラリー扇で開催しました。A4サイズくらいの絵は描いていましたが、B全とか大きな絵は、しばらく描いていなかった。セツの時や美容室に飾ってもらうための大きな絵画を描いたことはそれまでもありましたが、展示をするならば大きな絵を描きたくて。この時は「小さな林の木の下で」というタイトルの二人展でした。小林と木下の名前から、そうなったんです。それで、木の絵を描いた覚えがあります(笑)。

—アハハ!ナイスなタイトルでしたね。ブルーの絵も描かれた?

ああ、そこまでブルーではなかったかな。ブルーは、ある広告の仕事をした時にターコイズブルーを使って、綺麗で。気づいたら自然とブルー、赤、白という色ばかりを選んで描くようになった。個展の時にブルーだけの絵が観たいと、別日にお二人の方から言われて。描いてみよう、描いてみたい…気持ちになりました。個展やグループ展で好きなところは、原画を観てもらえること、直接感想を聞けること。お客さまと絵について話すことには、すごく気づきがある。

—コバジュンさんの絵は、とっても静かな、穏やかな気持ちになる絵ですね。きれいな線が組み合わされていて。この先はどんな絵を描いてゆきたいですか

性格はおおざっぱだけど、線や色に変に几帳面なところはあります。でもきっちりとした線ではなく、味のある線。まだまだ辿り着いてはいないけど、描けるようになりたいです。ここ何年かで両親を見送り、無責任に絵を描けなくなった。描くことを重くするつもりはないけれど、じゃんじゃん量産して描くより、自分が納得する作品と向き合いたい。

そして、すかび隊のイベントで絵の具塗れになれる大好きなガリバーキャンバス!!このアナログな体感はずっと続けていけたらと思っています。おばあちゃんになっても、大きい絵を描いて絵の具塗れになれたら幸せだな。

—最後に、すかび隊イベントについて一言PRをどうぞ。

すかび隊は本当にいい。この美術館のロケーション。場所もいいし、ここに集まる人たちがすごい人ばかりで、なおかつ参加される方のエネルギーもすごい。制作過程を見ているだけでおもしろい。大人達でいつも文化祭の準備をしている感じ!ここにいられることが本当に幸せです。


★秋のハロウィン ダンボールイベントのお知らせ!
10月26日(日) 横須賀美術館プロジェクトボランティアすかび隊presents
『ワクワク ワンダーンボールランド』
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—ありがとうございました。


すかび隊もご一緒していますが、わが家にはコバジュンさんのブルーの絵がいっぱいあります。主張の強いタイプではなく、そっと日常に溶け込む佇まい。言葉で状況説明をするのが苦手、とおっしゃっていましたが、その分手を動かして描いたり、作ったりして素敵なものが誕生するのです。私は言葉で作品づくりをするものですが、すかび隊の時間は全然飽きません。これからもお金では買えない楽しい時間をご一緒に!
(2025年9月取材・執筆/マザールあべみちこ)

取材の一部を音源データでご紹介します