
馬堀海岸のカフェでLive企画をプロデュースされていた市ノ瀬さんにお目に掛かったのが2023年夏。布ぞうりはもとよりヨコスカスリッパを伝承される先生だということを人づてにお聞きしていたものの、なかなか接点がなく時間が過ぎてしまい。昨秋、筆者が横須賀に移転し、その時期と重なるように市ノ瀬さんもお引越しをされていたことを知り、一度じっくりお話をお聞きしようと思っていたところ、タイミングが巡ってきて今回の登場。山あり谷ありの人生で、腹を括ると良縁が巡ってくるというお話。とても共感しながらお話を伺った。


始まりは布ぞうり、次にこんこんぞうりと出会った。
—みんキチ・シーズン3は、①横須賀ならではの活動をされている方、②今後「みんなのKICHI」という場でワークショップをする際にコラボができる方、という2つの方向性で人選しご登場いただきます。市ノ瀬さんのInstagramでワークショップのご案内が流れてきましたが、主にどのメディアで発信を?
実はInstagramはあまりやってなくて、今はYouTubeです。5年位前から始めて、楽しくてそこだけに。YouTube始める時に、横須賀のおもしろい人を紹介するチャンネルにしようと思いましたが、ひとのことより自分のことかなーと思い直して今の企画になりました。お教室の様子、ヨコスカスリッパの作り方など撮って配信。平日ほとんど毎日VLog感覚でアップしています。しゃべり出すとおかしなことを言うものだから、皆おもしろがって視聴してくれて。60,70代のおばさまばかりファンになってくれて。ヨコスカスリッパを編むのに木型が必要になりますが、それを新たに3Dプリンターで製作しています。
※YouTubeはこちら=>『布ぞうり工房禅蔵&えりちゃんねる』
—え!3Dプリンターで作った木型ですか?木型の原型はどこで作られているもので?
今はもう作られていないんです。ヨコスカスリッパの原型は「こんこんぞうり」というもので、群馬県中之条町六合村根広地区で作られている「スゲ」を使った草履。農家の冬の仕事として作られてきた伝統工芸品です。限界集落で作り手が少なくなっていて、もう何年後かに消えてしまうと言われていて。2009年に出版社から「こんこんぞうりを本にしたい」と持ち掛けられ、2冊目の本を出すことになりました。自分で調べていろんなこんこんぞうりを作ったの。こんこんぞうりは藁より硬いスゲという植物を使いました。稲作ができない地区なので稗や粟を食べていた。スゲが自生していて、これでムシロやカゴ、ミノガサとか作っていた。冬場の雪靴としてスゲを芯にして編んでいたこんこんぞうりは、歴史のある草履です。
でもスゲは水ではダメで、その土地の温泉でしか柔らかくならない。だからスゲは使えないから、それに代わるものとしてソフトコードという平べったい荷造り紐を久里浜のカインズで見つけた。これに布を被せてミシンをかけて網紐に。これが最大の功労者です。
—すごい!そんな使い方があるんですね。もともとは荷造り紐、ですか?
平べったくてバラけない荷造り紐です。手芸用の材料ではなかったけれど、編み芯の中に入れるのに丁度よい。これを見つけられたことで本を作れた。本を出すと教えてほしいという人が現れましたが、作るのも教えるのも難しい。編み紐を40本用意するのにミシンをかけるのも時間が掛かる。でも、やらざるを得なくて。苦手なミシンを毎日何時間もかけていました(笑)。
—そもそも、最初は何をされていらしたんですか?
布ぞうりを25年前から作っていました。2001年に仕事にしようと思い、『布ぞうり工房禅蔵』を立ち上げました。それまでは専業主婦。30年前に横浜から横須賀に引っ越してきた。お腹には長男がいて、長女は3歳でした。息子が幼稚園に通う頃、偶然お隣の方に布ぞうりをいただいたんです。「これ、すごく良いので使って」と。それに一目惚れして、自分でも作ってみたいと思い、その方にお聞きしたら親類のお爺ちゃんが作っているとのことで。教えてあげるからおいで!と本牧のお爺ちゃんの所へ、子どもが幼稚園に行っている間、習いに2回くらい行きました。お爺ちゃんだから教えるのはあまりうまくて(笑)。でも、そのおかげで私も布ぞうりにハマった。


離婚して稼がなくてはならず仕事に開眼。
—巡り巡って。もともとつくるのがお好きでした?
いいえ。私はとてもぶきっちょで、手作りとか手芸とか本当に嫌い。何もやったことがなかった。なのに私でもできたし、作っていると楽しくて、やってみよう!と開眼した。ボランティアで友達に教えながら、教える技術を練習。それに並行して夫と離婚話が浮上。ちょうど私がこれを始めて、これからがんばろう!という時のことでした。
—それはお子さんがおいくつの時でした?
長女は小学5年生、4歳下の長男は1年生でした。大変でしたが夫婦としてはやり直せなくて。子ども二人と住宅ローンを抱えてシングルマザーになって。人知れず泣いて、朝起きたら身綺麗にしてお教室。当初は誰も気づきませんでした。負けん気が強かったので弱みは見せず、悔し過ぎて離婚したことは本当に身近な人にしか言えなかった。ママ友にも言えなかったから皆知らなかったんです。
—心も乱れますしね。そういう難局を越えてこられて。2001年に屋号を掲げて始められる前に、準備期間があったわけですね。
知り合いだけ家に呼んで教えたり、ボランティアで精神障碍者のグループがあって、通所している女の子たちに1年半くらい教えてあげたり。精神的にむらがあってなかなか覚えられなかったけれど根気よく楽しもうねってゆっくり面倒見てきて、私も鍛えられました。教えるのに自信がつき、いよいよ離婚。外に出なければとなった時に、フリーペーパーの片隅に講師募集の記事を見つけた。場所は新聞社のカルチャーセンター新宿校でしたが、どこにでも行く!という気概でオーディションを受けたら、その場で採用。
キャリアウーマン風の面接官が「これはこれから流行るわね。私、ひとつ買うわ」と気に入ってくださった。カルチャースクールは新宿校から始めて関内、千葉、埼玉…5か所ほどやって、そのうち朝日やほかのカルチャースクールからも声が掛かって、かなり忙しく飛び回っていました。20年ほど前は布ぞうりが流行り出し、毎週どこかしらに行って教えていました。
—テキストになる書籍もたくさん刊行されましたね。
2007年に布ぞうりの最初の本を出し43,000部売れて。その印税で娘を私立高校に進学させることもできました。2年後に「こんこんぞうり・布ぞうり」を出版、それも評判はよかった。それから間が少し空いて絶版になってしまったこんこんぞうりのテキストを2016年に自費出版で作りました。その後だいぶ時間がたって2019年「みんなのルームシューズ」という本を作りました。布ぞうりとスリッパとサンダル。材料はTシャツだけでなく、デニムとか肌触りがよければ何でも。

決断すると必ず良縁が巡ってくる。
—ワークショップの頻度はどのくらいで?
毎週、馬堀海岸か京急大津のどちらかで開催。Instagramは若い人向け、60,70代の人はYouTubeを観る。今年5月に日テレの番組「ぶらり途中下車の旅」の取材を受けたんです。横須賀線の旅企画で、ディレクターさんが「横須賀ならでは」で検索したらヨコスカスリッパがヒットしたとかで。
馬堀海岸から衣笠に引っ越してきてすぐオファーを頂き、4月に撮影。まだ新しい工房も教室も設定できておらず急遽、企画を立てた。駅から近くでお気に入りのカフェに掛け合って、作品展をお店でさせてもらうことに。そこへ撮影に入ってもらいました。5月3日に放送されてから、すぐワークショップ希望者からコンタクトを受けて、8月いっぱいまでぎっしり予約が入っていました。引っ越したらのんびり暮らすつもりでしたが。
—うれしい誤算でしたね。平作に移転したのは何か理由が?
大家さんと竹林整備の会で昨年出会ったの。ここ1000坪の敷地があって、竹林は500坪あるの。仲間と楽しみながら整備したいというグループがあって。去年の夏、家を売って引っ越すことを決めていたので、そんな話をしたところ「うちの敷地にあるアパート一部屋空いているよ」と声を掛けてくださった。私、旧い家が好き。昭和のアパートで6畳2間をワンルームとして使っていて、昔の造りだから収納が多い。荷物が多いので助かっています。しかも家賃が安い!古くて、不便な場所というのはありますが。この工房は、もともと大家さんの仕事の事務所で使っていた所ですが、「今は使ってないからよかったらどうぞ」と貸してくださった。
—なんかいろいろとラッキーですね。
私、いつも人生の岐路で覚悟を決めると、いい流れがくるの。今年1月に引っ越して、荷解きをして3月にテレビの話がきて、きたきた!と思いましたもん(笑)。日テレの番組は2度目の出演です。『布ぞうり工房禅蔵』を立ち上げて、カルチャーセンターで2年みっちり教えてきてだんだんブームが去り、お客さんが集まらなくなった時期があって全部切られたんです。
それで、横須賀で根を張ろうと決めて横須賀中央に作品持参で営業した。上町商店街に輸入雑貨を扱うお店があって、そこで売ってもらえないかな?と。そこは断られましたが、ちょうどお隣に丸富という着物屋さんがあって「声を掛けてみれば?」とアドバイスいただいて。ダメ元で訪問したら、すぐ気に入ってくださった。「でも売れるかどうかわからないから、お教室をやってみれば?」と提案くださって、ちょうど隣に反物を広げる和室があって、ここが空いているからどうぞ、と。それが2004年のことです。
—マザールが起業した年です。21年前ですね。
横須賀で根差そうと思っていたので丁度よかった。2004年3月は、たった二人から始めて少しずつ生徒さんが増えて、2年目に日テレからオファーが来た。番組は「ぶらり旅」京急の旅企画。教室の様子を撮影したいとうことで。放送後すごい反響で、1週間電話が鳴りやまず。その日から半年先まで全部予約で埋まった。既に数年教えていたので上手になった生徒さんが数人アシスタントで入って。毎回15,6名の生徒さんぎっしり。まだ子どもが中学生くらいでしたから、がんばっていました。節目節目で助けが来て、働かせてもらえた。ダメな時は全然ダメで、実家の親が助けてくれたので家を手放さず、子育てすることができました。


—横須賀に期待することは?
ヨコスカスリッパも布ぞうりも習いたい!と来る人は、ほとんどが市外の方です。横浜、藤沢、逗子という近隣だけでなく千葉、埼玉、茨城、奈良からも来られます。横須賀の方は文化的なことに目を向ける方は少なく感じていますので、さまざまなジャンルの文化、アートにもご興味をもって頂けたらなと、と思います。でも20年以上の経験を積んでいるので安売りはしたくないし、積極的に販売したくない。販売目的より、技術を教えるので作れるようになってほしい。
とはいえ、今秋さいか屋横須賀店さんがせっかくお声がけくださったので、この秋展示販売会を開催いたします。通販もしていないので見に来て頂けたらうれしいです。11月から1週間限定の展示販売、布ぞうり7千円から、ヨコスカスリッパ1万円です。生徒さん達がどんどん上達していく姿を見ているだけでも楽しい。技術を覚えたら地域でお教室をしてもいい。自由に売って頂戴と伝えています。
—ヨコスカスリッパとネーミングしているからには、横須賀でもっと広まるといいですね。
そうなの。30年ずっと横須賀に住んで、周りに助けてもらって子育ても終えて、横須賀好きだしここで骨をうずめるつもりで過ごしてきた。「こんこんぞうり」と言っても誰も分からないので、横須賀へ恩返しする意味も込めて「ヨコスカスリッパ」と名付けた。いつか横須賀市民の家には一足置いてある、なんてことになったらとてもうれしい(笑)。
★補足
ワークショップ日程はメールでお問合せください。
月3回開催。京急大津駅の近くにレンタルルームを借りて4,5人のグループレッスン。馬堀海岸では友人サロンの一角を借りて1~2人の個人レッスン。土日も開催。レッスン代は材料とテキスト代込みで、ヨコスカスリッパは1万円、布ぞうりは7千円から。それでも日にちが合わない人は平作の工房で対応。衣笠駅までお迎えに行きます。
—ありがとうございました。

自称ぶきっちょさんの市ノ瀬さんが、こんなに長く布草履をはじめヨコスカスリッパを作り続け、教えてこられたのは、日本古来の良さが詰まったエコな履物という魅力のせいでしょうか。素材は今っぽくバージョンアップされつつ進化。今度はワークショップに参加して一足マイスリッパを作りたいと思います。
(2025年9月取材・執筆/マザールあべみちこ)
\\ 取材の一部を音源データでご紹介します //





