
図工教室「ず」主宰
木下美穂さん
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1966年生まれ。千葉県出身。高校卒業後、横浜で学び歯科技工士として働く。結婚後は川崎から横須賀へ越してきて念願の海の近くに中古物件を購入し四半世紀。自宅で大人と子どもの図工教室「ず」を主宰。フレブル2匹と、たまに来る孫2人と遊ぶ生活を楽しみつつ、横須賀美術館ボランティアすかび隊として活動する。油彩画で千葉県展入選、勤労者展特別賞受賞、上野の森自然を描く展入選。陶芸では「2011めし碗グランプリ展」審査員特別ユーモア賞受賞など受賞歴多数。
私の横須賀暮らしも8か月となりますが、いろんな方からなぜ横須賀へ?と聞かれ続けておりまして。馬堀海岸を選んだのは今回紹介する図工教室「ず」主宰・木下先生の存在なくしては語れません。早い話、胸を撃ち抜かれ、通い続けて早5年目。憧れつつもリスペクト。なんでもセンス良く素敵につくる木下先生の仕事に対する情熱とプライベートを聞いてみた。




お犬ファーストで始めた図工教室「ず」。
—図工教室でお世話になって私は既に4年半です。きょうはまだ知らない先生のこと、いろいろお聞きしちゃいます。横須賀にはいつからお住まいで?
川崎の社宅から馬堀海岸へ2000年に引っ越してきました。そうか、もう25年前になりますね。上の娘が幼稚園の年中組に入る年頃でした。たまたま義弟が不動産の仕事をしていて「馬堀海岸にいい物件が出た!」と話を持ってきた。中古物件だけど海のすぐ近くで、幼稚園も徒歩圏内。立地は抜群でした。これも何かの縁と即決して移転してきました。
—ほんとに最高の立地です!馬堀海岸は高級住宅地ですが、先生の場合いろいろできるから幼稚園も学校のPTA役員もあらゆる役職を頼まれてこられたのでは?
頼まれて、駆り出されるどころじゃなかったですよ。副会長を務めたり、PTA役員OBの集まりから、今は馬堀小学校区地域づくり協議会の事務局も務めています。
—そもそも図工教室を始められたきっかけは何でしたか?
きっと笑うでしょうけれど、犬と一緒に過ごしたかったの。お犬ファーストだから。そのためにはどうしたらいいか?を一生懸命考えた。そうだ!美大を出ているわけでないから美術とは言えないけれど、自らの手で色々な物を生み出すことは大好きだったので図工という括りだったら私にできることがあるんじゃないか?……考え抜いて、そのアイデアが生まれた。で、始めました。今から10年前、2015年のことです。
—え!犬ですか? 街のこども達のために、ということだったのかな?と思ったけれど。ラッキーでしたね。自分で環境を選べて作れるというのは。
犬といたいだけ。外に出ていく時間がもったいなくて(笑)。図工教室を始めて、なんだかんだ10年経ちました。はじめは大人だけのクラス。そのうち「子どもクラスはないんですか?」と問い合わせが来るようになって。しょうがないな~じゃあ……みたいな。まだ自分の子がいたから、昼間だけ家開きして教室を。私は子どもたちに「おかえりなさい」が言いたくて、帰ってくる時間には家にいたかった。実家は商売をしていたので学校から帰ると家族みんながいたのね。にぎやかなんてもんじゃない環境で(笑)育ってきました。
—ご実家のご商売は何をされていらしたんですか?
祖父の代から電気屋でした。ラジオ屋さんから始まって代々。私が三代目として継ぐ予定でした。父は二代目で、バブリーな時代に電気屋をやりつつ不動産業に進出して産廃にも手を出し。私も宅建の免許を取ったりして家業を手伝うつもりでしたが、バブルが弾けて、なかば騙されて産廃の仕事も電気屋も潰してしまったのです。
—バブルの時代を越えていらしたのですね。今もお元気ですよね?お父様とお母様。
元気です。父は勉強することが結構好きで、保険の資格を取得して、今80歳ですが親戚の会社に雇ってもらって働いています。ボケませんね。どちらかというと母は怪しいですが(笑)。




持って生まれたものを誰かが見ている。
—図工教室を始められた10年前は、先生のお子さんは何年生でした?
中学生と高校生でした。教室を始めてからも学校の役員を務めていたし。高校生になっても、なんだかんだ役をやらされていましたねぇ。子どもの世話に手間かからなくなったとはいえ、娘はねぇ……いろいろありました(笑)。
—笑)娘さんに先生めっちゃ頼りにされていると思いますけど。息子さんは先生似?
どっちもどっちだけど、根本的なところは私に似ているかな?本人も言っていた。子どもは持って生まれたものだけ。よく「育て方」というけれど、関係ないと思う。なるようにしかならないでしょう?。
—ですね。図工教室は主に近所の奥様が通われています?教室の曜日は?
そう。朝日新聞の地方版に馬堀海岸通り限定の瓦版みたいなのがあって、その紙面に生徒募集を載せてもらって。知り合いの人が「やりたい!」という人を連れてきてくれた。火曜日と金曜日が教室DAYです。ひとクラス定員5名。丸テーブルにマックス5人しか入らないので、それ以上増やせない。一人で見られなくなってしまうので、全員に目を配りたいので大人も子どもも生徒さんは5人までです。
—私が教室の扉を叩いた2021年1月。偶然その日は先生のお孫さん(二人目)が誕生された日で。「うちは絵だけではないですよ」と言われて、もちろんです!と。4年やってきて(今5年目)巡り巡ってここに暮らすようにまでなってしまった。先生は縁を大切にされているとおっしゃっていますが、図工教室開設までにどんな出会いがありましたか?
自分がおもしろくて絵を描いていて、家に飾っていたの。すると、すぐ下の妹が皮膚科に勤めていて、そこの先生は絵が好きで待合室に絵がずらっと並んでいて。妹はお局的立場で、私の絵を「借りるね」と待合室のもっともよく見える位置に半ば強引に飾ってくれたのです(笑)。そうしたら、たまたま患者さんとして通われていた千葉県立美術館初代館長さんから「この絵は誰が描いたのですか?」と聞かれて、「私の姉が描きました」と妹が答えると、「お姉さんはなにをされている方ですか?画家ですか?」と。「姉は主婦です」と言うと、「先生を紹介するからぜひ絵を習ってください」と、千葉の大御所画家である山谷鍈一画伯を紹介されたんです。
当時80歳過ぎていましたが、すごく面白い先生で、千葉のアトリエへ通いました。レッスン代は一切取らない。一回2~3時間で、F8号~10号の油絵を仕上げる。必死で描いて、たまに後ろの方で先生のイビキがして。渾身の思いで描いても「これはいらないよ」ってがーっと消されたり。絵は瞬発力だ!と習った。山谷先生は97,8歳まで生きられました。たまに通って、子どもが生まれてからも何年間か教わりに行きました。
—すごい奇跡的な出会い!学歴とかではなく、天才の力を見ている人は現れるのですね。
山谷先生が絵をコンクールに出した時、若かりし頃の藤田嗣治(レオナール・フジタ)が選任者の一人で、特賞をもらったそうです。それがきっかけでアトリエを行き来するようになったとか。山谷先生から『アトリエでは「アッツ島玉砕」を描いているところで、上から緞帳が降りるように仕上がっていたんだよ』と幾たびも聞かされました。藤田氏との書簡のやり取りはアトリエに飾ってありました。ものすごいお宝です。
—絵だけではなく歴史を学ぶような出来事です。木下先生が通われていたのは20代?天才はどんな環境にいても炸裂するものですね。
通っていたのは、子どもが生まれる前から、生まれてからも実家に預けて少しね。その時が一番楽しかったな。私は美大を出ていないですし、絵を描く基礎はないけれど、図工なら教えられるかな?で、図工教室にしたのです。



誰かと同じようなものは創りたくない。
—「ず」ではいろんなテーマで毎回つくります。「ず」に集まる子は何年生が多いですか?
その年ごとに変わるけど、去年は6年生が多くて卒業しました。今年は3,4,5年生が多いかな。1年生もいます。何年か前、赤ちゃん産んだばかりのお母さんが通っていて、レッスン中は赤ちゃんをクッションに寝かせていた。その子が1年生になって通っています。お母さんは日本工芸の職人さんで、お子さんもとってもユニークです。子どもは好きなように。技術とかではなく、教えるよりも見守るを基本にしています。
—先生はこの先どんなものを創作したい?
図工教室もおもしろいけれど、自分の作品を創りたい。先日、つくりかけの文鎮を見て、孫に「きもちわるっ!」と言われました。昔から私は人と違うことが好きだったし、同じ物を持つの嫌いでしたから。それぞれの感性で何て言われてもかまわない。それとね、絵本をつくりたい。どこにもないものをつくっていきたい。キモイって言われようが、いいねと言ってくれる人には作品を届けたい。
—絵本をつくりましょう!私は、かるたをオリジナルで作ってきて、ひとり一人の子の特徴を盛り込んで作れたらおもしろいなと思っています。作品は残るので。ところで私の亡き母と先生は器用さや繊細さ、容姿もよく似ているんです。母は「女は経済力よ!」と私たち姉妹を育てました。
それ、うちの母も一緒。二十歳くらいで結婚して子どもを産んでいたから「手に職を」と口癖のように言っていた。妹二人とも看護師です。私も高校卒業したら看護学校へ行くつもりでした。でも、ある時ふと「私は人の腕に注射はしたくない」と思った。看護師だったら今もバリバリ働いていたと思うの。
—看護師さんでなくとも先生はバリバリ働いています!(笑)私は今、横須賀暮らし8か月経ったところで、いろいろ難しいなぁと感じています。先生は四半世紀、馬堀海岸で過ごされてます。横須賀の良い点とそうでない点を教えてください。
横須賀の良い所は、田舎過ぎず、都会過ぎず、何より海に山に自然が豊かなこと。犬のお散歩にはもってこいの場所です!よくない所は……どっぷり横須賀に染まった私には、こんな住みやすい場所はないと思うんだけど(笑)強いてあげるなら、この綺麗な海にゴミが無くならないのが気になりますね。犬の散歩ついでにプラごみ集めたりしているけれど(同じようにしている方あり)BBQやったり、釣りをしたりで、そのままゴミを置いていくモラルのない方が、かなり多いことは気になります。横須賀の美しい自然を守っていきたいです!
—ありがとうございました。

奇跡の連続で吸い寄せられるように図工教室に入ったのですが、それも今考えれば必然であったと感じています。月2回の「ず」が私にとっては人生のスパイス。子どもの頃、一心不乱に遊んでいたのと同じく、時間を忘れて没頭できるのが何よりも楽しい。繊細でありながらパワフルな先生。これからも尻尾を追いかけて、ついていきますとも!木下師匠LOVE❤ 記事にできなかったプライベート話を胸に秘めて(笑)。
(2025年7月取材・執筆/マザールあべみちこ)
\\ 取材の一部を音源データでご紹介します //





