
合同会社地代所プロダクション代表
地代所悠(じだいしょ・ゆう)さん
1992年生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院修了。コントラバス奏者としてソロ、アンサンブル、オーケストラと活躍、様々なアーティストのサポート、レコーディングへの参加や、楽曲提供や編曲でも活躍。2020年よりソロ活動。音楽活動の傍ら、クリエイターとして2024年まで都内のCG制作会社に3年間在籍しMV、ゲーム案件に参加。
映像作家として2020年3月には自身初の短編映画「何者でもない、」を発表。サウンドトラック「SOMEWHERE NOT HERE」を同時リリース。ミュージックビデオやWebCMなども手掛けている。
クラシック音楽×地元三浦半島のご当地特撮ヒーロープロジェクト”コントラバスヒーロー”は特撮ドラマ、独自のヒーローショーを展開中。地元行政や企業とも協力しながら三浦半島の魅力をアピールするべく活動中。
はじめてお会いした時、コントラバスヒーローのごっついコスチュームを着用されていて「もしや、おかしな人?」と感じたものの、地代所さんによるプレゼンテーションを聞き、なんて優秀なんだ!と外見とのギャップも加味して(失礼・笑)感銘を受けました。お住まいの三浦海岸は横須賀市と隣接し、大きくいえば三浦半島という位置づけ。生粋の葉山育ちで、現在は三浦海岸在住。芸大卒の音楽家という超エリートな面を併せ持つ、熱量半端ないクリエイター。コロナ禍でエンタメ業界が追い込まれ、自身で始めたさまざまな取り組みが今、花を咲かせている。子育てが始まったばかりの新米パパでもあり、これからのビジョンを聞かせてもらった。(※今回はオンライン取材となりました)


体に響くコントラバスが自分とリンク。
—-県立七里ガ浜高校から芸大、芸大大学院出身という華麗なる経歴ですね。進学校とはいえ芸大に行ける人は少ないのでは?
芸大に進学して4年間クラシックの勉強。もうちょっと深堀りしたい気持ちで大学院へ進学して3年間。修士課程をおさめました。とはいえ仕事もいろいろ始めていたので仕事と学業の両立を図りながら。高校時代にコントラバス奏者の芸大先輩がたまたまレッスンをしに来てくださって。その方に相談して僕の師匠にあたる方を紹介してもらい芸大を目指すことに。つないでくださった先輩はNHKでプロデューサーをされています。
—コントラバス奏者になると高校時代に決めていらした?
それが意外とそこまでの解像度は高校時代にはなかった。音楽はずっと好きでしたから、ぼんやりと楽器で進学できたらいいなぁという程度。音楽なら自分は勝てる!みたいな謎の自信があって、その先のことは考えていなかった。
—音楽との出会いは小さな頃に?
父と母が音楽好きで演奏をする人でした。父は自営業を営んでいて、音楽要素が多かった。サックスを演奏していて、高校時代は全国大会優勝するくらいの腕前だったそうです。音大ではなかったけれど大学生になってからミュージシャンとして音楽も。その後、音楽雑誌のライターや楽器屋勤務など、音楽周りの仕事をしてきた父は、最終的に自分の会社を立ち上げた。そんなわけで小さな頃から楽器が身の回りにあった。本格的に習うとかでなく、遊べる感じで「置いてある」環境で何の抵抗もなく触れてきた。小学校になると音楽の授業で、他の子より知っているし自分はできる!と謎の自信が生まれて(笑)。
—素晴らしい。アドバンテージ取れると、自己肯定感もめっちゃ高まりますよね。
自分の中で音楽は得意なものとなった。音楽の他には、運動が好きでした。葉山で育ったので野山を駆け回っていましたから運動神経はよかった。それが今のヒーローショーにもいかせていると思います。体がうまく使えたので。
—小中学校は葉山で、高校は七里ガ浜って、生粋の葉山ボーイですね。中高では吹奏楽部でした?
一色小学校~葉山中学校~七里ガ浜高校で葉山育ちです。吹奏楽部に所属して中学時代はパーカッション担当。太鼓全般。トランペットも少し演奏しましたが、相性が合わなかった(笑)。打楽器がよかった。バンドではドラムを叩いていました。それで高校は軽音楽部に入ろうと思ったのですが、吹奏楽部に体験入部をした時、初めてコントラバスと出会った。それで、軽音楽部ではなく吹奏楽部に決めました。
—撃ち抜かれたんですね。そうはいっても途中で飽きたり辞めたりせず、ずっと熱量が変わらずに?
中学校でトランペットを少し習って、トランペットを吹きたくて吹奏楽部に入部。でも人数の関係でパーカッションに回されて。どうしてもトランペット吹きたくて、父にお願いして習わせてもらったのに続かなかった。楽器との相性というか……トランペットはまっすぐピーンパーンという感じ。練習もスパーン!と直球ストレート。自分の性格がそれとは違った。今も他の楽器も触りますが、やっぱりコントラバスが一番合う。何時間でも演奏できるし、自分とリンクしている。


映画監督になる夢が実現、映像作家も名乗る。
—小さなお子さんがいらして育児中ですよね?何か自分の中で変わったことありますか??
息子は、もうすぐ1歳3か月です。僕はめっちゃ変わったし、忍耐力とかキャパが増えた。仕事も生活も、自分ひとりではない感覚が芽生えた。息子には音楽好きでいてほしいけれど、それを生業にしなくてもいい。今、家中に楽器があって、いつでも触れる状態。ふだんは動き回るのですが、音楽が流れるとちゃんと聴きますし、楽器に触れて演奏しようとする。妻はピアノとホルンを演奏しますので胎教もあったかも。僕と妻より音楽のセンスがいいと思います。親バカですが(笑)。
—きっと持って生まれたもの。備わっているのでしょうね。音楽だけでなく、他にもいろんな仕事をされていますよね?
映像制作、デザインなどいろいろやっています。小学校の頃から音楽は好きでしたが、映画監督になるのが夢で。親からもらったお下がりのビデオカメラを回して映画を撮っていた。B級ホラーみたいなお土産でもらった茶碗がずっと追いかけてくるというストーリー。父親が出張土産に持ち帰ったよくわからない国の茶碗が生命を持っていて追いかけてくる。大して中身はありませんが、シナリオを作ってカメラを回していた。役者は友達や、三脚を使って自撮り。当時LEGOのストップモーションで、こまどりのアニメも作れた。LEGOのフィルムメーカーセットで、映画の作法や撮り方を伝授しているスピル・バーグ監督監修の冊子から入った。小学4年生で撮り始めて、ほんとに好きなことばかりで生きてきました。
—そんな高度なことを小4から?天才じゃないですか。映像もやりつつ音楽を生業にされて。今も映像作家として作品を?
コロナの時にエンタメ業界がストップして、予定していた仕事も飛び、音楽の仕事がなくなった。その時にカメラをもう一度やろうかなと思い立ち。たまたまコロナになる前にカメラを買ってビデオブログみたいなのを作っていた。ツアー紹介とか景色やメンバーを撮り、編集してYouTubeに載せるのが楽しくて。そしたら知り合いのミュージシャンから「MVを撮ってもらえないか?」と依頼が来るようになり、それがきっかけで撮り始めた。3作ほど撮ってから、自分のMVも撮らないと!と思い、短編の映像作品を撮って映像作家としてスタート。2020年3月31日にYouTubeで公開しました。みんな在宅していた時で、知り合いが結構観てくれて需要があったんです。そこからだんだん知り合いではない人や、企業の広告依頼も増えました。最近ではYAMAHAのエレキバイオリンの映像作品など。クライアントから直で依頼を受けています。
—好きなことに打ち込めたコロナ禍で素晴らしい!ほんとに時代は30代だ(笑)。
30代になって自分が動かしていけることが増えてきたと感じます。会社は2024年4月に起業して1期目を終えたばかり。コントラバスヒーローを立ち上げる時に個人事業主で独立したのが2022年。今、事務所と住まいは三浦市です。

できるようになるまでハッタリかませ!の姿勢。
—ところで横須賀市は不登校ひきこもり全国1ですが、この問題はどう感じられますか??
小学校の時は同じエリアの近い感覚を持った子が集まるけれど、中学になってちょっと違うエリアからも集まり、そこで一回、文化が混じり合う。派閥ができたり、部活動でいろいろあったり。自分の居場所、立ち位置を感じてアイデンティティークライシスみたいな感じで、一度ぶち壊れる。それが大きいのかな。僕は中学でそれを一番強く感じた。文化部で調子に乗るなとか結構不良たちに絡まれて、それが嫌で反発していた。結構バチバチでした。
—自己肯定感が高いし、何事にも積極的ですよね。それはやはり音楽のおかげ??
母の勧めで、小学3年生で学校外の活動として朝日新聞のこども記者をしていた。当時から映画が好きで、「映画監督にインタビューできるかもよ」と言われて参加したのですが、自信になるような経験をして『学校だけが世界じゃない』と思えた。だから中学になって、自分のイメージと、外からのイメージが合ってなくても、バチバチ喧嘩できた。
—学校以外の経験は大切ですよね。お母さまも素晴らしい。座右の銘はありますか?
“Fake it until you make it” (できるようになるまでハッタリかませ)。
直訳すると「成功するまでごまかして」という意味ですが、『言ったからにはやらなければならない』という、重いプレッシャーに自分を追い込める。とりあえず、できます!と受けて期日までに必死でできるようにするタイプ(笑)。僕はそれで本気出して実になっていることが多い。
—起業家マインドにあふれていますね。横須賀という街はどうしたら垢ぬけると思いますか?
住んでいるエリアで文化が違うと思う。横須賀中央近辺は入れ替わりも多いしオープンですけれど、できあがっているコミュニティは村でしょうね。横須賀はエリアごとのカラーが違う。三浦もそういう意味で同じです。一次産業に就いている人がほとんどだから話は合いますが、コミュニティはゴミ出しひとつにしてもルールがキッチリあります。区画ごとのゴミ出し班を「部落」と言われてびっくり(笑)カルチャーショックを受けました。横須賀も三浦もディープな所はまだまだあります。
僕はご当地ヒーローとして自治体と協業で移住促進をしています。でもその手前でまだやるべきことがある。市民が部落マインドだとなかなか大変なことも多い。よそものは、よそのもの扱いをされますが、仲良くなると、それがよさにもなる。村は表裏一体です。
—参考になります。では最後に、5年後の自分にどんなイメージをお持ちですか?
ご当地ヒーローとして役に立ちたいです。三浦に住んでいますが東京でも仕事をしているので、自分らしさも残しつつ三浦半島で仕事をしたい。そして大きなスタジオを作って音楽活動も撮影もできるようなスペースをつくりたい。たくさんある三浦の空き家活用も取り組みたいことです。まあ、来年どうなるかもわからないですから、5年後はどうなるか全然わからないですけれど(笑)。
◆近々スケジュール
【5月30日(金)19:00〜20:00】
京急「三浦海岸」駅前にコントラバスヒーロー登場!
誰でも自由に弾ける≪ストリートコントラバス≫設置!
#ごみゼロの日 にちなんで
ごみダイエットキャンペーン実施!
「水切り徹底!最後のひと絞り!」
会いにきてね!
【6月1日(日)11:40-12:10/14:20-14:50】
ヒーローショー
横須賀市立総合福祉会館 入場無料
「やさしさ広がれ」ふれあいフェスティバル2025
❤️🔥コントラバスヒーロー ミニヒーローショー+グリーティング(合わせて30分)
❤️🔥コントラバス演奏とアクションあり❗️
❤️🔥2人のヴィランが登場‼️大澤雅貴/エクスキューショナー タニオ君
—ありがとうございました。

芸大出身のアーティストとのつながりが今までも結構ありましたが、地代所悠くんはその中でも天才度がひときわエッジのきいた存在。家族が増えて間もないせいか初々しくてエネルギーに満ちていて、オンラインでありながら、話していていい風を感じました。ぜひリアルで続きを話したいです。
(2025年5月取材・執筆/マザールあべみちこ)
\\ 取材の一部を音源データでご紹介します //





