みんキチVol.21│考えて、つなげ、ひらめく。ふとした時に見て笑顔になる字を創り続けたい。


アート笑道家 照道
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1985年生まれ。岩手県出身。本名は吾妻照代。18歳で志願し海上自衛隊入隊、横須賀市に赴任。以来、横須賀暮らし。筆ペンと便箋に何となく書いた筆文字アートにハマり、独自のスタイルで絵のような筆文字を書き、くすっと笑える肩の力が抜ける言葉も紡ぐ。現在は、イベントやワークショップにてアート笑道家として作品を伝授。店舗ロゴや命名書制作にも力を入れて取り組んでいる。第一回筆アートコンテストぺんてる賞など受賞歴多数。
二児の母。

7.19みんなのKICHI 1st.Liveでは開演前に横須賀の6名のクリエイターによる作品販売も開催します。そのお一人が今回ご紹介する照道(てるどう)さん。書道家ならぬ、アート笑道家と名乗る唯一性もユニーク。絵のような筆文字は繊細でありながら、どこかほんわか心ほぐれるイメージ。以前取材したことのある文字に意味を潜めて書く「こころMojiアーティスト」浦上秀樹さんは、今やUNIQLOとコラボするほど有名人となりましたが、この照道さんも同様にパワーがあるお方。どうして絵のような筆文字を描き始めたのか?照道さんの作品への思いを聞いてみた。

始まりは、ふと書いた殴り書きから。

—リアルでお話しするのはお初です。SNSで作品も拝見して素敵だな~と思っていたところ今回イベント参加表明頂きうれしいです。書道教室をされていて今のスタイルに?

自分の教室をもっているわけではないんです。年に3~4回イベントをしています。行政センターから講師のご依頼をいただいて単発で開講とか、7月26日(土)にはノジマモールで親子向けの無料ワークショップを開催します。講座をやってみたくて場所を探していたら、ちょうどタイミングが合って「やってみますか?」とノジマさんから声をかけていただきました。以前、3階の展望室あたりでワークショップを何度か開催したことがありますが、今回はお買い物帰りに立ち寄れるトイザらス前のあたりで開催します。

—照道さんは実力があると思いますが、今は控えめに活動をされていらっしゃる?

小4と小6の2人の息子を子育て中で、たまに風邪をひいたりします。動けないことはないのですが、本格的に取り組むのはもうちょっとかな?と。自称、アート笑道家(しょうどうか)と名乗っています。笑う道という造語で (笑)。ある日、テーブルにあった筆ペンと便箋に殴り書きをしたのが始まりで。なんとなく書いてみたのが15年ほど前のこと。それからガッツリやってきたわけではなく、書きたい時に書いてきました。

—それまで筆をもったことはなかった?

そうです。たまたまふと思ったこと、愚痴とか願望を書いてみた。気持ちをだーっと書いたものの、あとから見返すのが嫌になって。自分の思いをぶつける感じだと、それを後で見返しても気持ちがあったかくならなくて。元気な言葉に変換したほうがいいと思って。「笑顔」とか単純な言葉ですが「笑う」という文字が好きでずっと描いています。好きな言葉を描くほうが楽しい。紙だけでなく、皿とかグラスとか。立体的なものも。やりたいことをやってみて、今のスタイルに移行しました。

—小さな頃から書道が好きでいらした

習字教室には3~4年ほど通って、中学校に上がる前にやめた。地域の書道教室です。あまり覚えていないけれど、がんばって賞はいただいた。たまたまInstagramで先生をされていた方とつながって、今もバリバリ活動されています。オンライン書道教室もされています。

—私なんかザ・昭和で正座して書いた書道教室でしたが、今はオンラインで!照道さんは横須賀でお育ちですか?

私は岩手出身です。訛りが結構あって(笑)。岩手県宮古市という沿岸の方で、本州の東端に位置しています。3.11震災で津波の被害に遭いました。実家はもうなくて、今は両親も横須賀で暮らしています。大リーグの大谷翔平選手は岩手県花巻市出身で内陸です。私は18歳で海上自衛隊に入隊し、横須賀にきました。

白い船の夢を叶えてから、墓石会社に転職。

—えっ!すごい!もしや硬派な方ですか?(笑)

ただ、船に乗りたかっただけです。白い船。帆船みたいな日本丸。ミーハーで、飛鳥に憧れていた。家族や親戚、学校の友人にも自衛隊関係者は一人もいませんでしたが、白い船に乗ることを求めて飛鳥を目指した。でも、白ではなく灰色の船でした(笑)。

—18歳で男社会というかマッチョな世界に入られて楽しかった?

楽しかったかどうかは(笑)……船に乗るという目標があったので、乗るまでがんばろうと。5,6年かけて乗れました。小型船舶一級の免許は取ったし、初めて女性が護衛艦に乗れるようになって同期20名ほど女性隊員はいた。陸自、海自、空自などそれぞれ訓練は全然違うのです。

—男女共同参画の時代とはいえ体力必要ですよね。職歴は他にありますか?

女性も男性も一緒の自衛隊に8年いました。私は除隊後、墓石会社の事務職として働きました。紡績ではなく、墓石です(笑)。墓石の文字を扱う仕事で、ゴムを墓石に貼って字を切る文字配置係。誰がいつ亡くなられて……を配列して作る。それが楽しかった。今いじっているイラストレータデータ制作につながっている。そこに数年ほど勤務しました。

—18歳で自衛隊に行くと決められるのがすごい。進学ではなく、船に乗る道。照道さんにとって横須賀はどんな街ですか?

高校は進学校で自衛隊に進むのは私一人だけ。でもその時は、そこしかなくて。横須賀には22年住んでいます。18歳まで暮らした実家より長くなりました。仕事の都合で横須賀にいますが、此処を選んだわけでない。不登校・ひきこもりが全国ワースト1ということも最近知ったことです。

—そうでしたか。周りに不登校・ひきこもりで困っている方おられます?

うちの息子二人とも学校へ行けなくなったことがありましたが、今は通えています。当事者というほど苦しんだわけではなかったけれど、その立場になってわかったこともあります。次男は去年1年間行ったり行かなかったりで。学校に行けと言うのが子どもにとってどうなのか。家で籠っているより人と会うほうがいいと、たまにイベントへ出かけるようになった。相談員の先生から「少しずつでいいんだよ」と言われて安心したようです。

二度三度おいしい字を描き続けたい。

—学校以外に人と会える場所があればいい。家にずっと籠ってしまうのは勿体ない。植木も成長する時期ってあるじゃないですか。育つ環境を考えるのは大人の責任かなと。子育ては短い。巣立たせるために親子でもちゃくちゃする時期があると思うんです。照道さんは子どもの成長を感じたのは、どんな時でしたか?

弟が学校に行けなかった時も、兄ちゃんは学校に行くと決めていたみたいで。兄の頑張りを弟に見せたかったみたいです。ゲームが好きなので、動画撮って編集してとか好きなことを伸ばせばいい。子どもは選択肢を知らないので、やってみないとわからないこともある。休んだら親子で海へ行って叫んでみる。そういう時があっていい。そんなふうに考えるようになったら、子どもが変わっていきました。

—よかった。クラス替えとかもきっかけになりますよね。

弟は保健室登校も挟んで、学年変わったら行けるようになりました。兄は5月にヘルペスに罹患して、少し休んだら期間が長かったのもあってズルズルと行き渋り。悩みましたけれど、別にいっかな~と思い直して。「お母さんは学校好きで行ってたわけでなくて、行くものだと思って行ってたよ」と話したら、「え?それでいいの?」で、行けるようになった。

—表現者のお母さんの背中をみて育っていますよ。アート笑道家として、これからどんな展望をお持ちですか?

大きなビジョンはありません。つらい時やふとした時に、笑顔になれる字を描き続けたい。それを広めていきたい。文字や言葉を見て、くすっと笑ってもらえて、ふっと息を抜ける。そんな瞬間を生む作品を創りたい。

—絵の要素が入っている文字ですよね?

例えればルイ・ヴィトンのLVってカッコいいけど、わ!ヴィトンだ!みたいなのを目指しています。型抜きで、よく見たらカットスイカになっている!とか。そういう二度三度おいしい意味合いを持つ字を描きたい。私は結構時間を掛けて、考えて創ります。すぐ書けますよね?とお声掛けいただくこともありますが、すぐは描けません。すごく悩んで、スイカにしても、自分の想像でなく検索します。スイカの形、模様、色など私なりに研究し、道筋をつくってシナプスがうまれて、ここは使えそう!と当て嵌めています。

—それは大切なポイントですよね。照道らしさがそこに出るというか。

結構、考えています。すぐには描けないけれど、考えるのが楽しい。つなげて、ひらめく。ロゴなどを作る時も、クライアントにお話を伺って、そこに隠れた思いを形にするのが楽しい。それでお客様が喜んでくださるのもうれしいです。

—ありがとうございました。


繊細で柔らかく、キラリと光っていながらも渋いお茶の苦みを味わうような深みのある言葉。とてもよく考えられた作品は、照道さんのお人柄がそのまま表れているのだなぁ。この天才っぷりをこれから炸裂してほしいです!白い船ではなく、墨文字で横須賀から世界へ羽ばたいてください。
(2025年7月取材・執筆/マザールあべみちこ)

取材の一部を音源データでご紹介します