学びやぶっく47<こくご>
「誰でも手話リンガル」
著:松森果林 1,260円 
出版社:明治書院


英語でThank you!と言えるように、手話で「ありがとう」ができるといいな!手話は、誰でもできるコミュニケーション! 聞こえる人も聞こえない人も、使えば誰もが楽しくなる、もうひとつの言語です。聞こえる世界・聞こえない世界の両方を知っている著者が、手話の本当のオモシロさ・楽しさをたっぷり紹介。カンタン手話から冗談手話、酒のおとも手話まで、これまでに無かった〈雑食系〉手話の本! 手話が初めてのあなたも、「バイリンガル」ならぬ「手話リンガル」になれる!なってみたくなる!







ステッカー&バッジ
明治書院オリジナルステッカー&バッジ。「ちょっとだけ手話OK!」と視覚からわかる目印です。お店や店員さんがこれを付けて、手話リンガルなお店が増えるといいですね。

手話通訳士でない立場から伝えられるコミュニケーション方法

8年前に同じマンションのママ友で始めた週一回の「井戸端手話の会」は2009年あしたのまち・くらしづくり活動賞で 「振興奨励賞」を受賞。

果林さんと初めて会ったのは今から8年ほど前、当時私が編集長を務めていた某媒体でのインタビュー。以来、年賀状でのやり取りとたまにメールをいただく交流のみで、なかなか再会できぬまま時が過ぎ去りました。

そんなところ昨年師走に果林さんが新たに本を出版されることになったというニュースをもらい、やっとチャンスが巡ってきました。新しい本のタイトルは『誰でも手話リンガル』。ちょっと聞きなれない言葉ですが、「手話リンガル」とは「手話」と「バイリンガル」を組み合わせた造語で、聞こえる・聞こえない関係なく、幅広いコミュニケーションを楽しむこと。

何ら手話の知識がない私にとっても、わからないなりに日常で簡単に手話が取り入れられそうな、興味をかきたてられる一冊です。聞こえる人はふだん言語で意思疎通を行いますが、手話は「伝える・伝わる・伝え合う」ことを理解できる奥の深いコミュニケーションツール。目と目を合わせて伝えるので、相手へ伝える熱意が一層強くなります。

2009年5月読売新聞に掲載された果林さんの記事を見た編集者が「手話をもっと多くの人に広める本を作ってはどうか」と果林さんへコンタクトしたことから、今回の出版化へ。ところが最初、「私は手話をきちんと勉強した経験がなく、ろう者との会話で習得した手話なので、人へ教えるようなことはできないから……」とお断わりしようと考えたという果林さん。しかし編集者と話を重ねていくうちに、「自分ができることは正しい手話を教えることではなく、楽しく日常会話に手話を取り入れられることなのでは……」と気づかれたそうです。

「手話の背景にある言葉の意味は、その国ならではのことが多い。たとえば『ありがとう』という言葉は、お相撲さんのごっつあんです…というしぐさに感謝の気持ちが込められていることからつくられています。分厚い手話辞典を改めて捲りながら、手話がもつ意味を勉強し直しました」。

そう。この本は手話の専門書や入門書といった類いのものでなく、いってみれば手話を楽しむ本。そもそも手話ってどんな種類があるのか。どんなふうに使えばいいのか。ちょっとした簡単な挨拶くらいできるようになりたい……そんな知識が得られる内容になっています。普段、友達同士で会話するような軽めのトーク例や、飲み会系手話、ちょっとした冗談手話も紹介されているので、聞こえない・聞こえるに限らず、もう一つの伝え方としてラクラク習得できそうです。

小さな積み重ねが変化をうみだす『井戸端手話の会』と『井戸端手話キッズ』

「井戸端キッズ」のひとコマ。子どもの順応性は高く、すぐ自己紹介ができるほど覚えがはやい。

果林さんは2003年春から自宅のあるマンションのママ友達と一緒に井戸端会議ならぬ『井戸端手話の会』を主宰し週1ペースで続けています。まさに普段のおしゃべりを手話でしよう、というのがねらい。また顔を合わせるご近所付き合いを実感できる場。誰かが「教える」よりもお互いに「教わる」という支えあう関係がここにはあります。

「コミュニケーションが豊かになると人生も豊かになる。聴覚障害があると不便なことがあったり、コミュニケーションが難しい、と思う場面が多くある。だから手話の世界をのぞき見し、手話を使ってみたくなってくれたらうれしい」。
参加するのは母親だけでなく、未就園児や赤ちゃんも一緒。あちらこちらで子どもが走り回り、赤ちゃんが泣けば誰かがあやし、母親たちが手話で会話をする様子を見ながら子どもたちは育っている。

「子どもたちには耳の聞こえない人と接する中で、コミュニケーション方法は言語だけでなく手話、筆談、お絵かき、ジェスチャー、様々な方法があることを学んでくれたらと思う。聴覚障害者と出会っても、心のバリアを感じることなく自然と対応できるようになってほしい」。そんな母たちの思いをつなげる動きに、『井戸端手話キッズ』がある。

これもママたちの発案のイベントで、幼稚園児から小学6年生まで30人近くの子どもが集い、歌やゲームを通して楽しく手話に触れる時間。子どもたちは自分の名前を手話で伝えられるようになったり、耳の聞こえない人の生活で不便ではないか?という点を皆で一緒に考えたりする質問コーナーもある。母親だけの楽しみではなく、子どもと一緒にシェアできる体験は、これからも定期的に続けてほしい活動。なおかつ他の地域にも広めてほしいモデルケースだ。

聞こえないことを伝えられなかったあの頃…今、私の強みは「聞こえないこと」

聞こえる・聞こえないに関わらず、伝えるための手段を身につけると世界が広がる。

(著書P136より抜粋)
「見た目は普通の人と変わりないから、わからないんだと思う」。ある先生が言った言葉です。「聞こえないって、外見ではわからない」ということ。目からうろこが落ちる思いでした。それから私は少しずつ、聞こえないことをまわりに伝え、自分が現実的に生きることを模索しはじめました。
 気がつけば、雨が屋根をたたく音も、うなるような風の音も、春の夜の蛙の大合唱、父と母が私を呼ぶ声、弟や妹達のにぎやかな声も、「記憶」という形で存在するものとなっていました。(原文まま)

自分の現状をなかなか受け入れられない、人に伝えられないという苦しさ。これは当事者でない限りわからないことかもしれません。けれど、隠しておきたい、触れられたくない事実を心の隅っこに追いやらずに、オープンにすると景色が変わってくる。果林さんは自分の現状を受けとめ、伝えることで、支えてくれる人が増えていきました。聞こえる力が不足してることは人として恥ずかしいことではない。それを正直に伝えられずにバリアを張る心が「現実」を隔離し、「恥ずかしいこと」にしてしまう。

実は聴覚障害者の多くは、病院などでは特に筆談で診断を受けざるを得ない状況にある。海外では病院専門の手話通訳士が勤務し、聴覚障害者と医師の橋渡しを専門職にしているという。病院は具体的な症状を伝えないとならず、あまり人に知られたくないこともある。そのうえ、病名や臓器など具体的な病気に関する知識がないと、なかなか医師の説明を的確な手話で伝えることはできない。そのため、医学や薬学など知識を身につけた病院専門の手話通訳士が職業として認知されている。

「日本の手話通訳士はボランティアの方々が手弁当で動いてくださっているのがほとんど。時給にすれば学生アルバイト並みの低賃金(※注)で働いてくださっています。もっとこの仕事に携わる方が職業として名乗れるようにしたい。そのためには国にも、必要性を感じてもらわないと」

聞えることも聞こえないことも両方知っている自分だからこそできることを伝えていきたい。まだまだ社会へ働きかけていくことは山積みだ。


(※注)手話通訳の派遣費用は、資格の有無や地域、所属によって千差万別。ちなみに「手話通訳士」とは厚生労働省認定の国家資格保有者。全国で手話通訳活動ができるため賃金もそれなり。<平成21年度で2594人> 
一方、「登録手話通訳者」は県や、市町村レベルで登録している通訳者。地域内のみの派遣で、聴覚障害者が社会参加に必要な場面(学校、病院、役所や講習会等)で無料派遣してもらえる。賃金は地域によってまちまちだが、時給はアルバイト並みに低いことも。<最新のデータで平成14年度3600人、今はもっと増えていると思われる>そのほか、フリーランスの手話通訳者も存在する。いずれにせよ、手話通訳が職業として成り立たないので、育児を卒業した主婦層が多く、若い人が育たない現実が日本にはあるという。

障害は、環境によって作られる

マンションの夏祭りでママさん合唱団とコラボした。手話をコーラスにのせて披露。

「日本の社会は『健康で元気な人を中心にして築き上げられてきた社会』だからこそ、少しでも障害があると生きづらさを感じるのです」と果林さん。

たとえば緊急時の公共交通機関のニュースが放送で繰り返されるだけで電光掲示板になかなか反映されないこと。たとえばホテルの火災報知機。身の回りで「そういえば…聞こえなかったら気づかない」ということが多い。さまざまな障害をもちながら、社会で快適に暮らせるようにすること。生まれながらに障害をもっている人だけでなく、高齢者社会に伴い、これからはあらゆる障害をもつ人が増えてくるのだから。果林さんはあらゆる人の立場にたって環境を整え、改善していきたいと訴える。

私たちが毎日何気なく発している言葉。聴覚障害をもつ果林さんの場合は、出産も育児も聞こえない環境で乗り越えてきた。そのため、息子の空くんは生後5ヶ月から手話で気持ちを伝えられるように。赤ちゃんは本能的に泣いて意思表示をするが、聞こえないお母さんへ伝えるために必死でジェスチャーをし、床や壁を叩き、体に触れた。

今も普段よく使う空くんの手話は?と尋ねたところ、
「おなかすいたー」「いただきます」「おいしい」
と、赤ちゃん時代から馴染みの三つを即答。

では、お母さんがよく使う手話って何?と空くんに尋ねると
「あー忘れた〜!」「自分で考えなさい!」「ちょっと考えれば分かることでしょ」

一方で果林さん曰く「はやく!」と右手のひとさし指を←とかざす手話をよく使うのだそう。「言われてみれば確かに。空が幼稚園のとき『忘れんぼうママの歌』というのをつくってくれたのを思い出しました(笑)」。

TVの手話ニュースでやっている流暢な手話ではなく、日常会話で手話を使ったら誰でもきっと世界が広がる。あったかな気持ちにさせてくれる『誰でも手話リンガル』を読めば、手話を完璧に使いこなせなくても、手話でおしゃべりをしたくなる。果林さんの朗らかなエネルギーが、聴覚障害者との距離を縮める。
桜咲く春。やる気スイッチがONになるきっかけ本を、ぜひ手にしてほしい。

◆松森果林さんのBlog「松森果林UD劇場〜聞こえない世界に移住して〜」もぜひご覧ください!こちら

公開日:2011年1月28日

初めてお会いしたのは2003年秋のことでした。まだお互いに子どもが小さくて、その取材時に「今度の休みに保育園のママ友と子どもらで東京ディズニーランドへ行くのよ〜」と私が言うと、「えーうちの家族もよく行きますよ」と果林ちゃん。そんな会話を交わしたら、大混雑の園内にもかかわらずバッタリ某アトラクション前で遭遇。そうした出来事も隅々まで記憶してくださっててビックリでした!そうして、その頃から積み重ねてこられた「井戸端手話」の活動のよさが、ギュギュギュッ〜と詰まった今回の本!継続は力なり、ですね。いろんな街で、この「手話リンガル講座」が広まっていくといいなぁ。勉強は苦手でも、おしゃべりは大好き!という女性は多いはず。そんなきっかけから入ると、案外みんなができるようになるかも!!応援してます。(マザール あべみちこ)

Vol.93
環境、食、教育、福祉、平和…。 市民活動をしてきた流れの先に 地域カフェを立ち上げ、交流をはかる。

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