撮影:本間伸彦




「シングルマザーズ」

作・演出 永井 愛
出演者  沢口靖子 根岸季衣 枝元 萌 玄覺悠子 吉田栄作
提携   東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団) /2011都民芸術フェスティバル参加作品

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演劇博物館で開催中!!
「二兎社と永井愛」


現代演劇シリーズ第37弾 「永井愛と二兎社の世界−30年の軌跡をたどる−」

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【Part1】 会期:2011年3月1日(火)〜8月7日(日) 会場:演劇博物館3階「現代」コーナー

【Part2】 会期:2011年6月25日(土)〜8月7日(日) 会場:演劇博物館2階企画展示室U

主催:早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 協力:二兎社




ひとり親の悲喜こもごもを捉えた舞台『シングルマザーズ』

『シングルマザーズ』舞台写真
(撮影:本間伸彦)
2011年 池袋・東京芸術劇場
左から根岸季衣、沢口靖子、枝元萌、玄覺悠子

震災前の3月2日に池袋・東京芸術劇場で芝居を観た。噂には聞いていたけれど、ものすごく笑えて泣けた。目の前の演劇に「そうそう!そういうことなのよ」と共感しながらも、「いやこれはどうかな、待てよ…」と自分の心に今一度投げかけるテーマが潜んでいた。舞台『シングルマザーズ』は登場人物が5人とコンパクトでありながら、感情を揺さぶるセリフ、人物設定、ストーリー展開。そのすべてを一手に永井愛さんが演出する。今回この舞台に魅了され、ぜひともお話をお聞きしたいと予定を調整していたところ3.11震災が起こりその後伸び伸びとなった末、予定よりずっと遅くのインタビューとなった。

まずキャスティングについて。今回は主人公に沢口靖子が起用されていた。独身であり、生活感のない女優さんというイメージの一方で大阪出身のキャラクターをいかしてお笑い系も演じられる彼女だが、これまでの役どころではないシングルマザーを演じた。
「知的で真面目、上品。人間的エネルギーというか、ひたむきなパワーを秘めている。そういう沢口さんに、シングルマザーを演じてほしかった。彼女の役は、DV被害者でもあるんです。沢口さんのイメージと結びつきにくいでしょう。役柄とギャップがあるからアピール力が強くなると」

その『ギャップ感』を役者の人間性と、役柄の魅力と、ミルフィーユのように重なりあう重層構造を楽しむ。沢口の相手役、吉田栄作をキャスティングしたのも同様の理由からだ。90年代にトレンディドラマに多数出演した吉田に一見知的なサラリーマン、本性はDV男を演じさせた。結果、観衆から絶賛された。他、脇を固めるキャストも大御所の舞台女優、オーディションで選出した新人、永井さんが舞台を観ていつかきっとキャスティングしたいとマークしていた女優……、役柄にぴたりとはまっている分、思い入れの強い人選だ。

「登場する女たちを取り巻く状況は決して明るくないんですけど、観劇後の観客アンケートでは、励まされたという感想をたくさんもらった。男社会のなかでは、男に認められようと、女たちも激烈な競争を強いられるわけだけど、シングルマザーって、そういう競争から解放されている人が多い。キャリアを目指したって就職差別されてしまうし、男性との個人的関係においても、甘い幻想は持てなくなってる。だから、妙な競争意識抜きに、共生しようとする関係が築きやすいんじゃないでしょうか。私が取材で心打たれたのも、生活苦の中で励ましの言葉を与え合うシングルマザーたちの姿。そこに観客も力づけられたんだと思います」

劇中ではシングルマザーが子どもを育てていくための社会的制度が整っていない点を突いているだけでなく、仕事を続ける上で笑えない毎日の奮闘など細かくコミカルに盛り込まれていた。

社会問題を描くのではなく、人を描くこと

二兎社を立ち上げた頃 第1作目『兎たちのバラード』の舞台写真
(1981年 池袋・バモス青芸館)
手前右が永井さん、中央奥が大石静さん

永井さんは桐朋学園大学短期大学部演劇専攻科卒。当時舞台俳優を志す者は、新劇の劇団へ入門するのが定番コース。実力派女優であった市原悦子に憧れ、俳優座に入ることを夢見て足がかりに桐朋へ進学。70年代はアングラ演劇がポピュラーになり始めた頃。新劇がだんだん色あせて見え、進路に迷った末、そのどちらでもない前衛劇団、安部公房スタジオを受けて落ちた。もう権威に認められることは求めずに芝居をしようと、意を決して家を出、アルバイト生活を続けるうち、25歳で演劇集団「春秋団」に誘われ、そこで大石静さんと出会う。

「でもその集団が2年後解散することに。それで大石と二人で81年に二兎社を結成しました。それから14年くらいは台本を書いて演出しながら、役者としても出演していました。劇作家になりたいとか、演出家になりたいと思っていたわけではなく、自分で書かないと役者としての場がなかったので仕方なかった(笑)」

卯年生まれだった二人きりの劇団「二兎社」は、その後10年間二人で走り続け(91年に大石静さんは独立)、今は永井さんの作・演出作品を上演するプロデュース劇団として活動を続けている。社会批評性のある書き手として、最も注目される劇作家の一人だ。卓越したストーリー展開、人物設定の面白さ、愉快でありながらホロリとさせる台詞、時代を象徴するテーマ設定。そのすべてを兼ね備えた演劇には定評があり、94年からの「戦後生活史劇三部作」は、時代の変化を個人の生活の場から描く群像劇として、大きな反響を呼んだ。

「それ以後は観客も増え、おかげさまで多くの演劇賞を頂きました。よく『社会的なテーマを常に意識して書いているのですか?』と聞かれますが、社会的な存在である普通の人々の生活を描けばそこに自ずと社会問題がでてくる。今回の『シングルマザーズ』でもそうですが、この国で、女が一人で子どもを育てようとしたら、どんな事態に直面するか。それを演劇として体験しようとしただけです。人間を描こうとしたときにでてくる社会性、政治性はあえて排除せずにこれからも書いていきたい」

主役も脇役も舞台にたつ人それぞれが魅力的な役柄で心奪われる。それは恐らく永井さんが、一人ひとりの人生を照らしながら、それぞれが抱える社会性を丁寧に描いているからなのだろう。

3.11を経た価値観の変化で書くテーマに困惑

『歌わせたい男たち』(撮影:林渓泉)2005年 ベニサン・ピット
左から大谷亮介、戸田恵子、中上雅巳、近藤芳正(敬称略)

3.11 14:46東北関東大震災の直後、それでも夜公演の幕を開けたいと、家から会場へ車で向かった。だが、当日は公演中止となり、続く2日間も「安全確認をするため」という東京都の指令で中止を余儀なくされ、計4ステージ、800人以上の観客を失う痛手を受けた。余震や計画停電などの不安が続く中、3月末に東京公演を終え、4月には東北から九州まで全国各地14ヵ所を巡演した。そのなかには震災の爪あとがまざまざと残る、宮城県での公演もあった。95年の阪神・淡路大震災、オウム真理教のサリン事件、2001年のNY同時多発テロ…と数々の災害、事件を見聞きしてきたが、今回の震災による津波被害、そして東京電力福島第一原子力発電所事故には、これまでとは違う何かを感じている。

「宮城県の公演会場、えずこホールは仙南の内陸部でそう被害は大きくなかったのですが、劇場の方の案内で、沿岸部の亘理町、山元町などを車で見て回りました。一瞬にして消えてしまった町、家の窓に船が突っ込んでいるという、あり得ない光景。テレビの映像で繰り返し見た光景が、まさに現実として目の前にある。言葉を失いました。そして、いつまでも続く放射能汚染、真実を伝えない東京電力と恐ろしく無能な政府。大手メディアの報道も、もう信じられなくなっている。破壊されつくした町が、私たちを取り巻く状況そのもののように見えたんです。こんな時代に、どんな芝居を書くべきか」

これまで永井さんの作品には必ず時代に寄り添った事件やテーマが盛り込まれてきた。軍国主義から戦後、民主主義に転じた日本。安保闘争。高度経済成長期。国歌斉唱を義務付ける教育現場…など。しかし人間の想像力を超越した事象に打ちのめされ、地球史上初の未体験ゾーンへ足を踏み入れる今、それは筋書きのないもうひとつの舞台なのかもしれない。舞台で繰り広げられる普通の人々が紡ぎだす何気ない幸せが、むしろ愛しく感じられる。

「これから書く芝居は、どうしたって"震災後"を意識せざるを得ない。直接的な被害を被った人も、それを遠くから見ていた人も、容易に未来を想像できないという点においては同じ場所に立たされている。不意に扉がポッカリ開いて真っ暗な外界が見え、自分の立つ足下の土がそこから流失し続けている、たとえればそんな状態なんだと思います。でも、ここから出発するしかないでしょうね。もうみんなが元の場所にはいないんだと。どんな芝居を書くことになるのか、まだ考えはまとまらないのですが、この時代に生きた劇作家として、時代の証言者であり続けたい。そういう作品を目指します」

49歳で岸田國士戯曲賞受賞のスロースターター

『かたりの椅子』(撮影:鈴木香織)
2010年 世田谷パブリックシアター
東京郊外のとある町で開催予定の地域おこしイベントをめぐって物語が展開。竹下景子、山口馬木也など9名のキャスト全員が二兎社初出演。

『ら抜きの殺意』で第1回鶴屋南北戯曲賞、『萩家の三姉妹』で第52回読売文学賞、『兄帰る』で第44回岸田國士戯曲賞など、受賞作も多数だ。意外だったのは、これだけおもしろい作品を毎年のように作って世の中へ送り出してきた永井さんが、新人劇作家の登竜門と言われる岸田戯曲賞を受賞したのは50歳を目前にした49歳であったこと。自らを「遅咲き」と称す。公演には毎回最後列の席で観客と共に観賞し、その日の出来はどうだったかを振り返る。

「舞台は映像作品とは違って、その日来てくれた観客と呼応しながら作り上げるもの。客席に座って初めてわかることがある」という。

作品は6ヵ月くらいかけて取材や構成、3ヵ月ほど執筆に費やし、1ヵ月半ぐらいが稽古となる。ツアーもある場合は公演期間が1〜2ヵ月となるため、一年中何かしらの仕事に追われている。2011年は『シングルマザーズ』を送り出したが、次回作も現在構想中。一方で芝居以外の原稿執筆や、戯曲賞の審査員、講義などの仕事もある。仕事は休む暇なく、これまで結婚したことはない。

「私たちの若い頃は、女が劇作や演出をライフワークにしようとしたら、結婚して子どもを産むという選択肢は持ちにくかった。今でも家事や育児の負担は女性に大きくかかっているし、社会環境も整わないけれど、そういう中でもやりたい仕事を貫いていく女性が増えてきたのは頼もしいですね。私は、芝居を通していろんな女性の姿を記していきたい。芝居に出てくる女性って、妙な"女性性"ばかりが強調されがちでしょう? 男性同様、複雑な内面を持った人間像として、女性をとらえ直していきたいんです」

鋭い分析で、真実を突いた言葉。正直な話、永井さんにお会いするまで気難しいクリエーターだったらどうしよう…と思っていたのだが、それとは正反対で、向き合う人の言葉も表情もしっかり受けとめてくれる柔らかなスポンジのような人だ。60歳を迎えようとする今、これまで以上に人の心を揺さぶる劇を描いてくれるはずだ。この世にクリエーター多しとはいえ、心をワシ掴みにされるすごい先輩に出会ってしまった。

公開日:2011年7月1日

前評判の高い『シングルマザーズ』を、友人のシングルマザーを誘い6人で観劇。仕事も子育ても忙しく、年中時間も不足気味。経済的に決して余裕があるわけじゃないけれど、おもしろいこと、楽しそうな仲間が集まるというと積極的に参加する彼女たちが私は大好き。こういうシングルマザーの結束力を、永井さんも取材時にきっとお感じになられたのだと思います。自律神経を痛めた春頃から仕事はゆっくりめ、スケジュール詰め過ぎずに丁寧に取り組んできたつもりが、少しばかり快復したため再び働きモードに変換した矢先、やっぱり無理が出てしまって…。そのタイミングで永井さんと出会えたことは、私にとって大きな宝となりました。厳しく、やさしく、愛あればこその言葉の数々。クリエーターの大先輩、背中を追っかけていきます!(マザールあべみちこ)

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