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【KAKERUインタビュー No.32】
絵本作家・翻訳家として数多くの作品を手がける、なかがわちひろさん。昨年、某雑誌のお仕事でお目に掛かってから、お手紙やメールでつながっていたものの、再会の機会がなかなか巡ってこずにおりましたが、9月頃に届いた一冊の新刊(見本誌)「おえかきウォッチング」(理論社)がきっかけとなり、今回インタビューにご登場いただくことに。これ、目からウロコな実例と子どもの絵の捉えかたが広がる情報がいっぱいです。いわば、子どもの絵から、その子の持ち味がわかる画期的な「おえかきウォッチング・ガイドブック」。この他、ちひろさん新訳の絵本「ロボットとあおいことり」(偕成社)、他翻訳本、創作絵本など素敵な作品刊行が目白押しな今冬。子どもの本作りの第一線でご活躍されるちひろさんに、本を通じてメッセージしたいことをお聞きしてみました。
なかがわちひろ・絵本作家・翻訳家 なかがわちひろ(中川千尋)【Chihiro Nakagawa】 
絵本作家・翻訳家

1958年生まれ。東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。翻訳家として『ふしぎをのせたアリエル号』(徳間書店)、『花火師 リーラと火の魔王』(ポプラ社)、『せかいでいちばんつよい国』(光村教育図書)など多くの訳書をてがける一方、創作絵本『のはらひめ』『たこのななちゃん』『きょうりゅうのたまご』、コヨセ・ジュンジさんとの共作『おたすけこびと』(以上、徳間書店)、『カッパのぬけがら』『ぼくにはしっぽがあったらしい』『オバケのことならまかせなさい!』(理論社)、『おじいちゃんちでおとまり』(ポプラ社)などがある。『天使のかいかた』(理論社)で第9回日本絵本賞読者賞を受賞。明星大学で先生の卵たちを前に5年間、美術教育の講義を担当。

家族は、夫と、成人した一男一女。

「ロボットとあおいことり」
作:ディヴィッド・ルーカス  訳:なかがわちひろ(偕成社)\1,400  12月上旬発売

誰かが誰かの心にすみはじめる瞬間。あるいは愛のはじまり。大人と子どもがわかちあえる絵本で、その心の揺らぎをこれほど繊細に描いた作品を私は他にしりません。(帯より抜粋)
「おえかきウォッチング
 〜子どもの絵を10倍たのしむ方法〜」
著者:なかがわちひろ
(理論社)\1,500  11月発売

大人が考えている以上に、子どもにとってお絵描きは世界を獲得するための大事な作業。大人は発見の手助けをする役目。目からウロコな実例付き!ぷぷっと笑えるイラスト満載です。
「おまじないつかい」
作・絵:なかがわちひろ
(理論社)\1,000  11/21発売

ゆらちゃんのお母さんは魔法使いではなく、おまじないつかい。気長にいいことだけを願うと叶うのです。子どもならではの心の葛藤を描いており、かわいい表情に胸がキュンとなります。
「Dear Nobody ディアノーバディ
  あなたへの手紙」
作:バーリー・ドハティ 訳:中川千尋
(小学館)\1,500   11/21発売
初めてのセックスで妊娠してしまった18歳の少女。そして妊娠させてしまった少年。ふたりの心の揺れを見事に描き出す不朽の名作が、今、みずみずしくよみがえりました。珠玉の純愛小説、復刊!(帯より抜粋)
 
ちひろさんは絵本の作を手がけられるのはもちろんのこと、翻訳も、絵も描かれます。とっても多才でどれも素晴らしい作品ですが、そもそもこのお仕事をされるきっかけとなったのは、どんなことでしたか。
 

小学5年生くらいの時、とにかく本が好きで、学校の図書室の本をたくさん読んでいました。そのなかで翻訳本があって、ある時、作者と挿絵の名前以外にも名前があることに気が付いたの。外人じゃない!日本人の名前だ!って。それが、翻訳者だったんですね。そういう仕事があると知って、がぜんやる気が湧いて「がんばって英語を勉強しよう!」となったのです。

 
公立小学校から公立中学校へ進まれたんですよね?
 
子どもの本って案外難しいの。中学生になったら絵本の翻訳くらいできるかと思ったら無理でした(笑)。それで高校生になった時、アメリカのサンディエゴへ1年間留学をしました。当時、留学することが今ほどメジャーではなくて、文部省(現・文部科学省)やボランティアの方々の支援を受けて。その方面にウケがいいように「私はトランスレーターになって日米の架け橋になりたいです」とか言って。そしたら、それを真剣にうけとめた現地の方からもらうプレゼントはクリスマスも誕生日も英語の子どもの本ばかり! ベビーシッターをしながら、絵本の読み聞かせもしました。英語での読み聞かせ。リズム、言葉の意味、声に出して読むこと。これは後々になって役に立ちました。
 
当時17歳くらいで1年間海外留学するのは色々な意味で大変だったのではと思いますが。英語はバッチリ習得されましたか?
 
いえいえそれがまったく(笑)。美術の先生がとても素敵な方で、言葉ができないものですからちょっとした逃避で美術室に引きこもり状態になって。テーマを自由に決め、1日2時間くらい、月〜金まで、紙や画材をたっぷり使えて贅沢な時間をひたすら寡黙に過ごしました(笑)。絵本のイラストをはじめて描いたのも、ラッカムやニールセンなど当時の日本ではあまり知られてなかったイラストレーターを教えてもらったのも、この美術室です。
 
留学を経て、芸大にストレートで合格されただけでもスゴイ!ですが、そこからがまたユニークな道のりだったとか……。
 
1年間留学させてもらったので、経済的に浪人はダメと親に宣告されて。何とか芸大に合格したものの、芸大では絵本のイラストレーションなんか論外でしたね。とくに入学したところがコンセプチュアルアート(概念芸術。前衛アートのひとつ)を学ぶ場でして、例えばコンクリートブロックをスケッチして、その存在と意味について……とか議論するの。難しいでしょう?(笑) じつは子どもの本が好きだという人もいたけど、そんな話ができる雰囲気じゃないんだもの。ひそかに回し読みしたりして、まるで隠れキリシタン(笑)。

まったく相反する考え方でもの創り、ものの捉えかたをすることで、私は一体何をしているんだろう?と混乱し、ちょっと精神的にアンバランスになったこともありました。 今度の逃避先は図書館でして(笑)。そこで古典的な児童書『ムギと王さま』(エリナー・ファージョン作)におさめられている短編「金魚」を読んで、涙がぽろぽろこぼれて。

世界をまるごとほしがった小さな金魚の話なんです。子どもから大人への過渡期だったからこそ感じたものがあったんですね。 子どもの本と言いつつ、大人にも響く重層的な意味がある。作者は悲しい経験もたくさんしてきたのだろう、と。笑いのなかにも、ほろ苦かったり、涙でしょっぱかったり。子どもの本ってスゴイなぁ……と感じました。
 
ちひろさんの翻訳は、日本語が研ぎ澄まされていて、なおかつ、ちひろ節と呼べるような独特の柔らかさがあります。そういう力を培われたのは、どんなお仕事で?
 
19才のときに、テアトル・エコーという劇団で、戯曲翻訳を始めました。学生ですから「はやい、うまい、やすい」って牛丼屋のキャッチみたいだけど、上演するかどうかの検討材料のために粗訳をたくさん手がけて。

ところがある時、血肉化している言葉というのかな。俳優の江守徹さんの翻訳された作品を知った時、目からウロコだったんです。英語を忠実に訳す、というのではなくて、こんなに大胆に核心をつかんでもいいんだ!と。言葉にはブレスがある。横書きの英語が、縦書きの日本語になり、空間に置き換えられ、息づかいにのるものなんだ、と。 翻訳のおもしろさに揺さぶられた瞬間でした。
 
お子さんお二人育てながら、どんなふうに仕事を続けてこられました?
 
続けてこられたのは周囲が偉かったのかな(笑)。上の子を出産して夫の仕事の関係でしばらく大阪に住んでいたんですけど、授乳しながら劇団から依頼された不倫物ドタバタコメディを訳したりして。うーん、不純物入りのオッパイになるかもゴメンって(笑)。でも、子どもを産んで育てていることは、全部、作品づくりにいい意味でいかせていると思います。 というか、今となっては完璧に不可分になっちゃいましたね。最初の翻訳本が出版されたのは30歳の頃でした。
 
ご子息も、魚の絵を描くのが大好きだったとか。ここから本題ですが、今回の新刊のひとつ「おえかきウォッチング」は大変おもしろく読ませていただきました。うちの子も絵を描くこと大好きで、おもしろい絵を描きます。「うちゅうじんがしんりゃくしてきた」なんてタイトルの……。
 
大人はね、子どもの絵をとにかくほめてほしい。絵描きにするための絵ではない。その子のアウトプットの場を保証してあげて。子どもは絵で発散する時もあるんです。たしかに絵には子どもの気持ちや状態が表れるけど、いちいちそれにビクビクしないで。
何かに出せることは素晴らしいんです。子ども自身、新しい世界を創る楽しさを味わってるはず。ドキドキハラハラシーンでもね。本当の恐怖体験をすると描けないこともあるくらいです。絵は浄化作用があるのね。  
 
極端な話、絵を描くことで楽しい!と思える子がほとんどかもしれませんが、例えば体を動かすこととか、どんなことであっても楽しいと思えることをやればいいわけですよね。
 
描くことで喜びを感じてるようなら、ひたすらほめて見守ってあげてほしいです、他人になんといわれようとも。小さな時に、どんな「快楽」を味わったかで、その後の人生に求めるものが変わってくるように思います。だからといって無理する必要もなく、親が楽しいものを子どもと共有できれば、それがいちばんですよね。親子なんだもん。
 
この本を通じて一番メッセージしたいことって何でしょう?
 
これは、お母さんが子どものやっていることを肯定するための手引書なんです。
へーえ、うちの子のやってることってすごいんだわ〜と、ほめやすくするためのアンチョコみたいなもの。子どもの成長ステップの一つひとつを丹念に見られるのは、傍にいる大人の特権。うちの子も、隣の子も、同じことをやっているけれど、うちの子はこういうところが☆☆☆だわ!という発見があるはずです。
 
そういう発見って、子育て中に実感できる貴重な体験ですよね。「絵本は一冊で三度おいしい」ということを言われてますね。
 
良い子どもの本は一冊で三度おいしい、です。人生で三回くらい、ちがった味わい方ができるということ。
一度目は子ども時代の、その本の適齢期に。誰かに読んでもらってもいいですよね。
二度目は思春期とか、巣立ちの時期とか、何らかの曲がり角の時期に。子どもが生まれて親になってからでも。懐かしいし、ちがった発見があるはず。かつて夢中になって読んだ幼い自分の姿も見えたりするんです。
そして三度目は、うんと年を取ってから。深い味わい方ができる。こんなこと、大人向けの本にはマネできないでしょう。子どもの本は、とてもシンプルに真実を切り取ってみせるから、いくつになっても心に響くんですよ。私自身、80才を過ぎた方からの愛読者カードは宝物。なにかと忙しい最近の中学生にも、絵本や子どもの本を読んでほしいな。
 
新作「ロボットとあおいことり」で、ディヴィッド・ルーカスの訳を手がけられました。これは、大人が読んでとても心に沁みるお話。読み手にさまざまな思いが交錯して泣ける人も多いのではないかと(私も涙しました)。ちひろさんとしては、どんな想いを込められて作品を訳されましたか。あるいは、どんな人に読んでほしいとお考えですか。

これはラブストーリーなんです。働きすぎて心臓がこわれて胸がからっぽのロボットと、南の国にわたりそびれた小さな青い小鳥の。ちょっとオズの魔法使いや、幸せの王子みたいなおとぎ話だから、もちろん、まず子どもが楽しめます。でも、心理描写がとても細やかで、ああ、誰かを好きになりはじめるってこういう感じだよなと思える。男女の愛と読んでもいいし、そういうものとまったく違う愛とも読める。結局、人生には、名前のつけがたい愛がたくさんあるよな……と。いろんな愛の、華やぎと、あったかさと、哀しみをしった大人の方もぜひ……かな。(これぞ、一冊で三度おいしい本の見本です)


ありがとうございました。

活字におこせないくらい、たくさんお話しをしてくださって、そのどれもが深い。全部つながっている。ちひろさんという人は愛に溢れている。と思います。優秀な成績を修めていらしたであろう学生時代は、きっと優秀ならではの葛藤がおありだったのでしょうが、その苦しみが全部作品のやさしさに反映されているように感じました。創作絵本は、これから私も形にしていきますが、十歩以上先を歩かれている先輩の背中がせめて見えるよう、頑張ります。
 

ちひろさんの作品(ごく一部)

たこのななちゃん

「たこのななちゃん」(徳間書店)作・絵:なかがわちひろ
怪我して7本の足のたこのななちゃんとかなこの友情物語。

チムひょうりゅうする

「チムひょうりゅうする チムシリーズ8」(福音館書店)作: エドワード・アーディゾニー 訳: なかがわちひろ
それぞれの巻が、起承転結を整えた独立した話として完結しながらも、全巻が一つの物語となっている。※海洋冒険絵本チムシリーズは全11巻

きょうりゅうたちのおやすみなさい

「きょうりゅうたちのおやすみなさい」(小峰書店)作: ジェイン・ヨーレン 絵: マーク・ティーグ 訳: なかがわちひろ
「おやすみなさい」をいうまえに、もっともっと遊んでいたい子どもたちの姿を、リアルでユーモラスな恐竜の姿で描いた楽しい絵本。

カッパのぬけがら

「カッパのぬけがら」(理論社)作・絵: なかがわちひろ
川の奥深くにあるカッパの国へつれてこられたゲンタ。すすめられてカッパのぬけがらを着てみると、不思議、すごく速く泳げる!!

天使のかいかた

「天使のかいかた」(理論社)作・絵: なかがわちひろ
ようちゃんはイヌ、かなちゃんもネコをかっている。でも私は何もかってもらえない。ある日原っぱでひろったものは…天使!?

のはらひめ

「のはらひめ おひめさま城のひみつ」(徳間書店)作・絵: なかがわちひろ
お姫さまになりたい女の子のもとに、おひめさま城からお迎えの馬車が…。それからお勉強の始まりです。

カクレンボジャクソン

「カクレンボ・ジャクソン」(偕成社)作・絵: デイヴィッド・ルーカス  訳: なかがわちひろ
はずかしがりやのカクレンボ・ジャクソンは目立つのがきらいです。特別仕立ての服を着て、どんな場所にもかくれてしまいます。

くじらのうた

「くじらのうた」(偕成社)作・絵: デイヴィッド・ルーカス  訳: なかがわちひろ
嵐でうちあげられたくじらを救うため、ジョーは町の人たちと声をあわせて歌をうたいました。すると不思議なことがおきたのです。

おたすけこびと

「おたすけこびと」(徳間書店)作: なかがわちひろ 絵: コヨセ・ジュンジ
おかあさんが「では、よろしくね」小人たちに言います。ショベルカーやブルドーザー、働く車をそろえたこびとたち! バター、小麦粉、砂糖をまぜて…さあ、何ができるのかな?

きょうりゅうのたまご

「きょうりゅうのたまご」(徳間書店)作・絵: なかがわちひろ
「私のたまご、知りませんか?」恐竜がぼくのところへやってきて、たまご探しが始まります。ファンタジックな冒険物語。

 

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