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【KAKERUインタビュー No.19】
会った瞬間、オーラを感じる。おしゃべりなわけでも威圧感があるわけでもなく、ただそこにいるだけで空気が変わる。ファインダー越しに神聖なものを見つめているであろう瞳も、何かを語る表情も、ちょっとした仕草も、魂が研ぎ澄まされている人の美しさがある。国際的カメラマン稲田美織さんは、「平和」や「環境」をテーマに世界中の聖地を飛びまわり、撮り続けている。そのテーマ性と独特の世界観が各国で話題を呼んでいる。9月にはWada fine artsにて個展を開催予定。通常の日本滞在はほとんど伊勢神宮を撮影のため都内を離れていますが、忙しい合間をぬってインタビューのためお時間をいただきました。
稲田美織【Miori Inata】 写真家

http://www.mioriinata.com/

1985年多摩美術大学 油絵科学科卒業1991年まで東京都千代田区一橋中学校にて美術教員を務める。1991年より拠点をNYに移し、フリーで活動中。世界中の美術館・ギャラリーにて作品を発表、個展を開催している。2001年のNY同時多発テロを目撃したのをきっかけに世界中の聖地を撮影。
2005年より伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)の撮影を開始する。
NYのMOMA、NY工科大、 イスラエル美術館などで 展覧会を行い、好評を博す。
NY在住17年目。

 
NYご在住ですよね。5年前の同時多発テロを美織さんも目撃されたとうかがっています。その時の体験は、今の仕事にどんな影響を与えていますか。
 
2001年のNYテロの時は、目の前でWTCが崩壊するのを見て衝撃を受けました。「人を平和に導くはずの宗教が何故戦争のもとになるのか」と疑問を抱いたんですね。私は特定の宗教には属していませんが神の存在は信じていて、こんなことは決して繰り返してはならないと決意したわけです。写真という手段で、平和や環境を捉えてゆきたい。世の中にどんな宗教が、どんな国が、どんな思想があって人間が生きているのかを知らせたいと思いました。それで世界中の聖地の撮影を始めたのです。
 
これまではどんな国で撮られてきたのですか。
 

パレスチナ、トルコ、キリスト生誕の地、イタリア……と聖地を巡り続けています。それも今は、ほとんどその国に展覧会などで呼ばれて行っています。

 
美織さんは日本人カメラマンとして世界に名を知られていますが、世界の中でも日本。それも伊勢神宮を撮られるようになったきっかけや、具体的には伊勢のどんなものを撮られていますか。
 

2年前の夏、NYである方に「世界の聖地を撮っているなら、伊勢の式年遷宮(しきねんせんぐう)を撮ったら?」と言われたのが導きとなって、いろいろなご縁が重なって伊勢神宮を訪ねることになりました。撮りに行くというより、呼ばれたという感じで。初めて神宮に参拝したときには、鎮守の森に感銘を受けて何故か涙がとめどなく溢れました。大きな何かに抱かれているような温かさを感じて。世界中の神の中でも、類をみない神の在り方というのかな。何か一つの存在を神とするのではなく、空にも、水にも、木にも、神がいて、ここに集約しているという調和の世界。バチンときました。それから2年たちますが、既に30回以上伊勢を訪ね、神宮の四季折々や御船代祭、木造始祭など遷宮諸祭儀の撮影を行っています。

 
式年遷宮(しきねんせんぐう)とは、何でしょう?
 

20年に一度神殿を建て替えるのです。内宮(ないくう)、外宮(げくう)、両正官と14の別宮が20年に一度、109の摂社、末社、所管社は40年に一度、御神体を古い神殿から新しい神殿へと遷す祭祀(さいし)。神にお供えするご装束・神宝も新しくし、永遠の若々しさ、清々しさを祈る。1500年前からずっと変わらずに続いている行事です。「遺跡」として歴史的な何かが残っている国はあっても、「祈り」として未来へつなげるこうした伝統は、世界でも類をみません。

 
日本人でありながら私はまだ伊勢神宮に行ったことがないんですが、脈々と大昔から祈りを続けている、そういう人たちがいるということは素晴らしいですね。でも、行事の漢字ひとつとっても日本人ですら読めない、意味がわからないことが多いですよね。たくさん覚えることもありそう。
 

私、人生の中で一番今、猛烈に勉強をしています(笑)。とにかく膨大な量、覚えることがありますし、歴史的背景や意味というのを知らないと撮れないんです。ただシャッターを切ることならできる。でも、意味のある写真、風景ひとつにしても表情まで捉えることはできません。色々学ぶことで、深くその本質を感じることができる。 五感で学んでいます。

 
知識が少なくて、ただただ感心するばかりですが。日本人でありながらそういう歴史を知らないでいるのも恥ずかしいことで(笑)。
 

伊勢神宮は日本の宝です。過去から学ぶことはたくさんある。現在だけ切り取って生きるわけにいかない。今は、前から続いている一部なんです。私は光を取り込む通過点でしかない。伊勢の調和の精神を伝えたいだけでなく、日本のことをきちんと知って伝えることが大切だと思っています。

 
都会で暮らしていると、そういう人としての基本みたいなことを忘れがちです。スピリチュアルな体験がブームみたいになっているのも、何か大切なところに立ち返る指針がほしいのでしょうね。
 

伊勢に降りたった時、神様が受け入れて下さったような気持ちになり、できることなら、自分を神様に使っていただきたいと思いました。 また日本の地方で初めて生活してみて、地域循環型の経済システムの価値の高さを気づかされました。ホームステイ先では、未だに物々交換のようなことがあって、近所の港の前のマーケットでは、朝獲れた魚が箱に入ってザクッと置かれていて、メバルや鯛が100g100円で売っていたりしてね。生きている魚なものですから、家で食べようと煮た途端、急にはねて「きゃっ〜〜!」とかいって(笑)。魚なんかパッケージされて死んだのが売られているのが普通になっているでしょう。伊勢を知ると「豊かさって何だろう?」と考えてしまいますよ。

 
伊勢の魅力とは、一言でいうとどんなことですか。
 

物ではない価値観、でしょうか。日本ならではの霊的なものを掘り起こせば、見えないものに幸せがあることがわかる。

(一歩進んだ旅体験。いきいき楽しく生きる情報誌「La'terra」(ら・てら)
  Vol.2 2007springに掲載された  美織さんの手記より一部抜粋)
「階段を登りきると、そこには絶対的な包容力と光に溢れた御正宮(ごしょうぐう)があり、人々は背筋をまっすぐに伸ばし、また抱かれるような安心感に包まれて、そして限りなく純粋な心で自然の一部となって祈る。 2拝2拍手1拝。その瞬間、ただ感謝の気持ちだけが心に溢れる。」

 
これから、この伊勢神宮の壮大なプロジェクトの本を刊行されるとか。
 

まだ少し先になりますが、伊勢神宮の写真とコラムを書いた本の出版をとある出版社から予定されています。伊勢神宮を撮っている写真家は私を含めて数名おりまして、それぞれが個性的に伊勢を捉えています。女性のフォトグラファーは私だけです。 また伊勢神宮から発行されている、『瑞垣(みずがき)』という雑誌に写真と文章を203号から205号まで掲載させていただいています。6年後の平成25年には20年に一度の式年遷宮があります。

 
楽しみですね!今日はありがとうございました。

美織さんが取材でいらしたのは、ちょうど新名所・東京ミッドタウンがオープンして間もなくの頃。近所に事務所がありながら、私は表参道ヒルズにも行っていない無精者ですが、「伊勢を知ると、日本には数千年も前から世界に誇れる本物がすでにあったのだということが分かり、良いことなのか分かりませんが流行にあまり左右されなくなりました。」という美織さんの言葉に大いに共感しました。伊勢を知らない私も、人気スポットや高級料理を食べにわざわざ並びに行くエネルギーがあるなら他に使います(笑)。一見きらびやかに映る都会には、何でもあるようで何もない。ファインダー越しに、映らないものまで見ている美織さんは、自分が撮るべきものがしっかり見えているのです。日本人として一度、伊勢まで行かないといけません。

(C)Miori Inata 公式サイトphotogalleryより許諾を得て転載させていただいております。 他にも多くの素晴らしい作品をぜひリンク先でご覧ください!

伊勢神宮内宮の鳥居。20年に一度リサイクルされるという

雑誌にも掲載された内宮の御敷地。美織さんの写真から伊勢の魂を感じる

NYアップステート ハモンドミュージアムの庭園にて。まるで宇宙のよう

イスラエル 地中海に浮かぶ雲。

トルコのカッパドキア。原始キリスト教信者たちの歴史がここに刻まれている

ハワイ ボルケーノナショナルパークで現れた虹

ニューメキシコのネイティブアメリカンのペトログラフ。宇宙的な原始の絵

イスラエル 「最後の晩餐」の部屋

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